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くま川鉄道
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行きがけの駄賃

 くま川鉄道への行程は、新神戸から新八代までが新幹線、そこから人吉までは特急「かわせみ・やませみ」のつもりでいた。
 ところが、その目論見は「かわせみ・やませみ」が満席のため、あっけなく挫折。代わりに新八代でレンタカーを借りて、行きがけの駄賃とばかり肥薩線を撮り鉄しながら人吉を目指すことにしたのであった。
 新八代を出てほどなく、球磨川沿いに桜が咲いているのが見えて、車を停める。カーナビの地図で確認すると、まだ一駅目の段駅の手前であった。
 車を降りたところへ犬を連れた若い女性が通りがかり、「こんにちは」と声をかけられて慌てて挨拶を返す。
 そうそう、ここは九州だった。そりゃ声をかけたのは余所者を牽制するためだと、身も蓋もないことを言われるかも知れないが、やはり根っからの人懐っこさを感じる。そこが九州の大きな魅力なのだ。
 球磨川べりへ出てみると、川岸に桜が2本。対岸の山腹にも桜が広がっている。その下を走る肥薩線は、少し遠いなと思ったものの、下手に移動しても迷うだけだと、その場にとどまる。
 そこへ通りがかったのが、近所のおばさん。もちろん挨拶を交わして話し込む。ちょうど桜が満開ですねと話を振ると、川岸の桜は地元の人たちで協力して植えたものだと教えてくれた。
 「でも水が出て、2本しか残らんかったとです」とさみしそうに言う。確かに球磨川が氾濫したというニュースを耳にしたのは一度や二度ではない。
 段駅近くの踏切が鳴り出したのを潮に、おばちゃんとの会話から撮影モードに切り替えて、桜と絡めて「SL人吉」を撮影する。ただ、予想どおり遠すぎるうえに煙もなく、列車が灌木に隠れてしまったこともあって、何だかわかりにくい写真になってしまった。おまけに拡大してみると、足まわりが微妙に切れている。行きがけの駄賃とはいえ、もう少し考えて撮るべきであった。


「SL人吉」号


部屋の露天風呂
 この日は人吉温泉の「芳野旅館」に投宿。予算をはるかにオーバーしてしまうが、旅行サイトで予約をした際、ここしか空いていなかったのである。でも奮発しただけあって、いかにも老舗旅館といった風情を味わえただけでなく、部屋専用の露天風呂まであって、ゆったりくつろげたのであった。仲居さんによれば専用の露天風呂があるのはこの部屋だけだそうだ。

■      ■      ■


 翌朝、例によって夜明け前に撮影に出かける。目指すは川村〜肥後西村間の球磨川第四橋梁だ。ところが街中でも霧が濃く、川沿いはさぞやと思ったとおり、もう10m先も見えないくらいで、やむなく川村駅で駅撮り。


霧の中


 しばらく川辺で待機するが、一向に霧が晴れる気配がない。通りすがりの散歩のおじさんに、「こりゃあと1時間は晴れんなあ」と気の毒そうに声をかけられる。言われたとおり1時間待ちたいところだが、朝食時間に間に合わなくなるので、やむを得ず宿へ引き上げる。
 朝食は、地元人吉のお米を使ったというご飯がおいしくて、数杯おかわりして大満足。部屋へ戻って、撮影や朝食時間の都合で順序が逆になってしまった朝風呂に。湯船に浸かっていると、ああ、もう今日の撮り鉄はやめて一日温泉でのんびりしたいという気分になる。いかん、歳のせいにはしたくないが、最近は唯一の趣味の撮り鉄でさえ億劫に思うことがあって情けない。

 10時ぎりぎりにチェックアウトして、肥後西村駅へ。
 駅前で、女子高生が5〜6人たむろしている。いくら人懐っこい九州でも、女子高生は無理とそのまま通り過ぎようとすると、「こんにちは」と挨拶される。やっぱり九州だ、侮ってはいかん。「こんにちは」元気よく挨拶を返す。
 構内では先客の年配夫婦が撮影の準備をしていた。ちょっと口べたな旦那さんに話し好きな奥さん。絵に描いたようなおしどり夫婦だ。
 列車待ちの間、その奥さんと言葉を交わす。宮崎県の小林から来たそうで、地元小林の「まきばの桜」が有名なのだそうだが、人吉が気に入って毎年来ているとのこと。小林と聞いて、学生時代、吉都線の小林駅で途中下車して森林鉄道の跡を見た記憶が蘇り、思わず「林業が盛んですよね」と口にしてしまう。出まかせの問いなのに、「私たちも林業なんですよ」という奥さんの答えにびっくり。
 奥さんは駅前にいた女子高生に声をかけて、桜の前で記念写真を撮り始めた。さすがにそれに便乗するのは遠慮して、様子を見守る。奥さんが写真を送るために女子高生の住所を聞き出したが、記す術がない。こういうときに限って、私もいつも持参しているノートとペンを忘れてきてしまった。そこで女子高生が、自分のスマホの画面に住所を出すから、それを写真に撮ってという。なるほどと思ったが、奥さんは理解できず、「画面を出す?」と自分のカメラの液晶画面を女子高生に見せている。「いやあ、いいボケだ」と突っ込むと、女子高生が「そこまで言う?」と笑っている。おお、女子高生に受けた・・・。そんな、ほのぼのとした時間が過ぎていくのであった。


肥後西村駅に進入する下り列車


 「SL人吉」を撮りに行くというおしどり夫婦を見送り、ひとり肥後西村駅に残る。
 ホームの端で列車を待っていると、背後から「こんにちは」と声がかかり、振り向けば、カメラと三脚を持った中年男性がにこにこしながら近づいてくる。その様子から間違いないと尋ねてみると、やはり九州・鹿児島の人であった。カメラはデジタル一眼レフのキヤノンEOS−5Dだが、ストラップは使い込まれて、おそらくフィルム時代のものではないだろうか。
 「ずいぶん年季の入ったストラップですね」
 「F−1のときからで、それも3台買い換えたんで」
 キヤノンのF−1と言えば、フィルム時代のフラッグシップ機で、私自身、いつかはF−1と思いながら、高価すぎて果たせなかった機種である。それを3台使ってきたことをひけらかすとは、ちょっとらしくないな、なんて思ってしまう。ところが、話をするうち、彼がプロのカメラマンだとわかり、アマチュアが難癖をつけるなど、お門違いもいいところなのであった。専門は鉄道ではなく、風景写真だそうで、
 「今の時期は小林の「まきばの桜」もきれいですよ」と言われて、これまたびっくり。今日は何かと「小林」に縁がある。
 一緒に待ち受けた列車は、休日運転の「田園シンフォニー」号。ありふれたアングルながら、ホームの端で桜並木とともに撮るつもりが、間の悪いことに桜の後ろに踏切待ちの車が並んでしまい、興覚めだ。車を隠すために、しかたなく列車を引き付けて撮ったが、当然ながら桜も一緒に隠れて1本しか入れられなかった。


田園シンフォニー号



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