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近江鉄道2002〜04
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 神戸で暮らすようになって、新幹線で何度東京を往復したことか。
新幹線車内から
 その途中、米原付近で、オレンジ色や朱色のいかにもローカル私鉄らしい小柄な電車を見かけることがたびたびあった。そう、それが近江鉄道の電車だ。いつか寄ってみようと思いながら、新幹線の車窓から眺めるだけの日々が過ぎ、気がついたときにはオレンジ色や朱色の電車は姿を消し、古い電気機関車が牽引する貨物輸送も終焉を迎えていた。
 ようやく重い腰を上げたのは、2002年の晩秋、ふと思い立って、東京出張の帰りに休暇を取り、初めて訪ねたのであった。
 最初に向かったのは、彦根〜鳥居本間で、新幹線をアンダークロスする付近の築堤だ。ここは佐和山から下ってくる近江鉄道の線路が印象的で、新幹線の車窓で最も気に入っている場所なのだ。右の写真は少々ぶれているが、2003年11月、新幹線の車内から、たまたま通りがかった近江鉄道の電車を撮影したもの。

鳥居本駅
 初訪問の当日は、鳥居本駅から歩いて向かう。この駅の特徴ある駅舎は新幹線から望むことができ、遠目にも気になる存在であった。実際、駅に降り立つと、モダンな佇まいに昭和初期の開業当時の意気込みが感じられるのである。
 駅の周辺の町並みも歴史を感じ、寄り道の誘惑を受けるが、それはまたの機会にして、目的の近江鉄道の築堤へ向かう。ちなみに、またの機会とした鳥居本周辺の散策は、それから15年以上経っても実行できていない。こんなことをしていると、近江鉄道の古い電車や貨物列車を撮り逃した二の舞になるとわかっているのに。
 それはさておき、肝心の近江鉄道の築堤であるが、現地へ行って思惑が外れたことを痛感する。当たり前だが、新幹線の高架上から見渡す景色と、築堤の下から見上げる景色は全く異なり、ぴんとこないのだ。しかたないので近くの柿の木を入れて撮った、と当時の日記には書いてあるが、自分でもそんな写真を撮った記憶がない。今回、検索してみたら、確かに柿の木の写真が出てきたのだが、いやあ、こんないい加減な撮り方では、自分でも忘れてしまうのも当然か・・・。

柿の木


 その後、予め地図で目星をつけていた朝日野へ向かい、そこから朝日大塚まで歩く。また当時の日記ネタだが、国土地理院のサイトから地形図をプリントできるようになったのは嬉しいが、できればカラーになれば、とある。そういえば確かに公開当初は、モノクロだったような気がする。それが今では、もちろんカラーで、それもスマホで簡単にスクロールして見られるのでプリントすることもない。その他の地図アプリも併用して航空写真を確認したり、本当に便利になったものだ。


朝日大塚〜朝日野間にてshadowshadow


 この日の最後は彦根の車庫を訪ね、廃車や休車となった数多くの留置車両を見学させてもらう。学生時代には当たり前のように車庫を訪ねていたので、そのときもそんな乗りであったのだが、さすがに最近は控えるようになった。いい歳をしてというのもあるが、万一のことが起きてしまうと、今の時代、企業側への風当たりは半端ではない。遠慮するほうが賢明だ。


紅葉の佐和山をバックにshadowshadow

傾いた陽に照らされて、紅葉が映える佐和山をバックに、古強者どもが並ぶ。
左端は、鉄仮面のような独特な風貌の凸型電気機関車ED31の3号機。1923年、現在の東芝/IHI製だそうだ。
中央は、一時期、八日市〜貴生川間で使われていたレールバスのLE10形。
右端は、アメリカGE社製のED14の1号機。全部で4両在籍していたが、近江鉄道ミュージアムの閉鎖に伴い、今年(2019年)すべて解体されてしまったという。せめて1両は残して欲しかったというのが鉄ちゃん共通の思いであろう。



1101号機 ED14 4号機
1930年、東洋電機/日本車両が製造した元阪和電気鉄道のロコ1101形。
小型で愛らしいスタイルの凸型機関車であるが、これも2019年、解体されてしまったそうだ。残念。
車庫ではなく彦根駅のホームから撮影した500系。
新幹線から見えたオレンジ色の電車はこれだろう。

モハ1形 ED4000形
一時期流行した湘南スタイルのモハ1形。
西武鉄道の旧塗装と同じ塗分けで、新幹線から
見えた朱色は、おそらくこの色だ。
撮影時は引退直後だったようで、状態はいい。
でも残念ながら現存はしない。
引きが取れず、窮屈な写真となってしまったED4000形。
1928年イングリッシュ・エレクトリック社製で、左右非対称
の顔つきが特徴だ。今は古巣の東武博物館に保存されて
いるそうで、こちらは一安心。


ED31 4号機shadowshadow


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