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鉄道研究会

 いつもアップをためらう余談の原稿だが、今回はさらにその思いが強い。
 というのも、今回は、あたかも有名人と知り合いだと自慢するような内容だからだ。おまけに、その有名人を紹介すれば、これまで仮名にしてきた自分の出身大学が自動的にばれてしまう。そう言いながら、結局載せてしまったのだが。
 その有名人とは中井精也氏。
 鉄ちゃんの世界では、言わずと知れた鉄道写真家である。
 毎日欠かさず鉄道写真をアップしている「1日1鉄」というブログでも有名だが、プロフィールを読んで驚いた。なんと同じ大学の鉄道研究会の後輩じゃないか。
 と、ブログで気づくくらいだから説明するまでもなく、9歳違いの中井氏とは面識はない。ただ、彼の作風には興味があって、機会があれば話を聞きたいと思っていたのである。

 そんなある日、1年後輩のSS君から、鉄道研究会発足50周年記念式典の案内が届いた。なんと、中井氏の講演もあるという。なにより、それが呼び水になったのだろう、参加者も多く、卒業以来30年以上会っていないメンバーの名前がずらっと並んでいる。これはなんとしても行かなくては。

 当日、ちょっと緊張しながら、会場に入る。案内をくれたSS君を始め、大勢の仲間たちとの再会。みんな当時の面影そのままで、すぐにわかる。おかげで時計は一瞬にして30余年戻ってしまうのであった。
 いよいよメインイベントの中井氏の講演が始まる。
 冒頭、鉄道写真は、もっと自由でいいと言う。そんな中井氏の真骨頂が「ゆる鉄」だろう。鉄道車両だけが主役ではなく、鉄道の醸し出す空気感とでも言おうか、彼の作品はそれを見事に表現している。
 どうしたら、こういう写真が撮れるのか、中井氏曰く「乙女心」だと。なるほど確かに「かわいい」と感じる場面に出会っても、照れがあって写真にはしづらい。それを中井氏はストレートに作品にしているのだ。

 そう言えば講演の前に、数年上の先輩2人が、中井氏の写真を見ながら「俺たちとは作風が違うよなあ」と話していた。
 「何が違うんだろう」
 「緊張感だな」もう一人が答える。
 だから「ゆる鉄」って言うんじゃない、と思わず突っ込みかけてしまったが、先輩たちはSL現役時代の撮り鉄だ。猛煙を吐いて、突進してくるSLの写真は迫力があって、一瞬を切り取る緊張感がある。
 じゃあ、緊張感のいらない「ゆる鉄」写真は、簡単に撮れるかと言えば、そうは問屋がおろさない。実際は光線の具合や列車の動きなど、綿密な計算の上に立っているのだ。それに「ツキ」も加わるのである。
 印象的だったのが、春のわたらせ渓谷鐵道の写真。トロッコ列車が入線したときの風で、ホームの桜の花が舞うと読んだという。結果はそのとおり花が舞っただけでなく、花びらを受けようと、少女が車内から手を差し伸べたのだ。これで、一気にメルヘン作品に昇華したのである。こんな「ツキ」に恵まれるのも、持って生まれた才能のひとつかも知れない。

 講演に続いては、中井氏が大学時代に学園祭で披露したスライドショーを録画した秘蔵のビデオ上映だ。
 録画したのはSS君。彼は卒業後もひんぱんに大学に顔を出して、後輩の中井氏とも懇意にしている。だから気安く「中井君」と呼んでいるが、初対面の私はそれではおこがましいので「中井氏」としたのである。
 それはさておき、ばりばりの撮り鉄のSS君は、入部した中井氏の写真を見て、「正直、負けた」と白旗を揚げたという。学園祭のスライドショーもすばらしく、これは記録に残さねばと思い立ち、録画したそうだ。
 どんなビデオなのか、わくわくしながら見る。スライドをビデオで撮っているので画像は粗い。それでも、上映された写真は、どれも完成度が高く、衝撃的だ。ナレーション入りで、だからこそのビデオなのだが、今のスライドショーのスタイルも、当時すでに確立していたわけだ。
 そんなビデオを見ていると、SS君と同じように、今まで俺は何を撮っていたんだという思いにとらわれる。
 でも、珍しく後ろ向きな考えはすぐに消えて、それなら、できるだけ吸収してやろうという気になる。中井氏も口にしていた「テーマを明確に」「足し算より引き算」とは、よく言われることだ。でも、これまで漫然と撮っていたのは否めない。そこで、講演を聞いてからは、努めて意識するようにしている。そのおかげで、手前味噌だが、自分の写真が少し変わってきたように思うのである。

ゆる鉄

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