■ E609
E103が「ずっとん」、つまり10トン機関車ということは、おそらく上2桁は自重を表しているのだろう。言わばE10形機関車の3号機というわけだ。
鉱車を牽引していたのは、専らE103であったが、実は大洞鉱山には、形式の違う機関車がもう1両いたのである。
写真からは形式名を読み取りにくいが、E609という機関車である。
数字が大きいので、E103より新しそうに聞こえるが、この機関車は6トン。つまりE6形機関車の9号機だ。
大洞鉱山を訪れたときは、既に予備車扱いだったのか、側線に追いやられていたのであった。
その後の消息は知る由もなかったが、今回、上有住再訪に先立ち、ネットで検索してみると、なんとE609が保存されているというではないか。
場所は上有住ではなく、釜石鉱山だそうで、早とちりして釜石へ行きそうになるが、よくよく調べてみれば、陸中大橋だという。
さらに、陸中大橋の釜石鉱山の事務所が一般公開されていることも知り、2009年11月、上有住駅再訪の前に、陸中大橋を訪ねてみたのであった。
広大な釜石鉱山の敷地に入り、坂を上った突き当たりにその事務所はあった。外観(左写真)からは、それほど古い感じは受けないが、中に入ると、そこはまさに「昭和」の事務所であった。
テレビドラマの『官僚たちの夏』のロケも行われたそうなので、「ああ、あのシーンか」と思い出される方もいることだろう。
事務所では、奥の部屋から女性職員らしき話し声は聞こえるものの、展示場所は写真のとおり無人で、ちょっと無用心だなと思いながら見学する。
ひととおり見終わって、E609の所在を聞きたいのだが、部屋から職員が出てくる気配はない。受付カウンターの上には、レトロな演出なのか、呼び出しのベルが鎮座している。これでわざわざ呼び出すのも気が引けるが、意を決して、チリン、ベルを鳴らすと、「は〜い」と出てきたのは、予想に反してとってもチャーミングな若い女性。(どんな女性を想像してた?)
う〜ん、こんなかわいらしい女性にオタクな質問はしたくない。相変わらず見栄っ張りというか、もはや助平根性で、とっさに質問を変えようと思ったけれど、さすがに機転は利かず、ありていに尋ねる。
ただ、E609のことはわからず、奥から出てきたもう一人の女性職員も、首をかしげるばかりであった。
ちょうどそのとき、男性職員が事務所に帰ってきた。
「あっTさんだ。よかった、Tさんならわかるはず」と女性職員たちも安堵の表情。
果たして、そのTさんに同じ質問をすると、「もしかしたら、あれですか」と窓に寄って外を指差す。
慌てて窓に駆け寄り、外を見渡すと、遠目ながら、構内の片隅に鉱山用の独特の形をしたL型機関車が見える。
「間違いありません!」
女性職員も外を見て、「え〜っ!!あれは機関車だったんですか!?」と素っ頓狂な声をあげている。
う〜ん、なんとも愛くるしいリアクション。いつもながら女性には甘く、目を細めてしまうが、もとより釜石鉱山の職員なのに知らなかったの?なんて野暮なことを言うつもりもない。物心ついたころには、鉱山はもう閉山していたろうしね。
「ご案内しましょう」とTさんに導かれて、E609と33年ぶりのご対面である。
あれからの年月を感じさせないくらい、状態はいい。運転台をのぞきこむと、メーターやスイッチ、室内灯までちゃんと残っていた。
それでも、Tさんが申し訳なさそうに言う。
「屋根くらいかけてあげたいんですけど予算がなくて。他にも保存したいものもたくさんあるんですが、会社はどんどん処分してしまいますから」
「え?」
それで思い出した。この事務所は今はもう釜石鉱山の所有ではなく、釜石市に寄贈されたのであった。だからTさんは釜石鉱山の職員ではなく、釜石市から委託を受けた研究員だそうだ。
「ということは、事務所にいた女性も、釜石市の職員ですか?」
「そうです」
ああ、それならE609のことを知らないのも、もっともな話・・・。