高千穂鉄道 <再訪編>
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昼食をとって14時02分発の下り列車で再び高千穂へ。14時22分に高千穂に着き、休む間もなく14時24分発の『トロッコ神楽4号』でとんぼ返り。
この日は、1両目に窓ガラスがはめ込んであり、2両目が開放型、いわゆるトロッコ型になっていた。
トロッコ列車は予約制となっている。もちろん、予め予約は入れておいたので、女性職員に尋ねると、お客が少ないせいか、お好きな席へどうぞとのこと。この女性職員が本にも書いたとおり、検札に車窓案内、飲食サービスと一人何役もこなしてくれたのである。
さて、どこでもいいと言われたら、乗り込むのはもちろん開放型の2両目。それも、交換などで行き違いの列車が見やすく、見通しのいい右側一番後ろの席を陣取る。ただ、一番後ろの席は壁で少し視界がさえぎられるので、ひとつ前にした。
ほかに2組くらいの乗客がいたが、風を嫌って1両目に移ってしまった。風を直接感じるのがトロッコ列車のいいところ、とは思うが、よそ様に押し付けるものでもない。
おかげで貸切状態となった車内で、湯上りの身体に当たる風は、一層心地よい。早速、名所の高千穂鉄橋を渡って、気分爽快であった。
空を飛んでいるような気持ちよさ。(高千穂鉄橋にて)
日之影温泉で、数組のお客が乗車。その中には件の鉄ちゃん夫婦もいた。その鉄ちゃんの旦那、乗り込むなり、わき目も振らず右側一番後ろの席、つまり私の後ろの席に着いた。何とも鉄ちゃんの考えることは同じである。
ただ、他にたくさん席が空いているのに、右側後ろだけ詰まっているのも、傍目には不思議な光景であったろう。おまけに背もたれのない向い合せの席に、さすがに奥さんを前向きに座らせたので、旦那と私の背中がくっつくことになった。さっきは背中越しで、今度は背中合わせ・・・鉄ちゃんの因果か。
まあ、それにしてもその旦那のよく動き回ること。駅に着くたび、橋を渡るたび、席を離れてあっちこっち撮りまわっている。挙句に女性職員をつかまえて、「写真を」と言ってカメラを構えている。いやあ、こっちがもしカミさんと一緒だったら、ようできん。(怖くて)
よっぽど一人残された奥さんに、「鉄ちゃんの旦那を持つと大変ですね」と声をかけようと思ったが、家族をほったらかしにして一人で来ている自分を省みて、口にするのはやめにした。
延岡駅に着いたTR−400形『トロッコ神楽4号』
黄色のTR−401は『手力雄(たぢからお)』、緑のTR−402は『天鈿女(あまのうずめ)』の愛称がついている。
延岡に着いて、乗客をすべて降ろし終わると、かの女性職員が後片付けをしている。最後に名前くらい尋ねておきたいと声をかけると、
「あやと申します」という答えが返ってきた。
ここで松浦亜弥の『亜弥』や上戸彩の『彩』を思い浮かべるのは素人である。
「町名の『綾』という字ですね」
「そうです」
「さすが宮崎県」
宮崎県に綾という町があるのは知っていた。『あや』という音は、いい響きがして、とても好きな言葉である。だからこそ、芸名にも好んで使われるのだろう。(あれ?松浦亜弥も上戸彩も本名だったっけ?)
実は何を隠そう娘の名前にも、この音を使っている。それを姓で名乗れるのだからうらやましい。
いやあ、綾さん、本当に素敵なお名前!
【2003年10月現地、2004年8月記】