八木沢からは電車で下之郷へ。交換駅で、かつては上田原にあった車庫も今はここにある。
ちょうど昼どきになったので、ホームのベンチに腰掛けて軽い昼食。もっとも、相変わらず非常食のカロリーメイトだけど。
どこからか、子供たちのにぎやかな声が聞こえてきた。その声がどんどん近くなり、やがて目の前に大勢の幼稚園児が現れ、あれよあれよと言う間にホームが埋め尽くされてしまった。
土の匂い、いや日なたの匂いと言うべきか、どこかなつかしい子供たちの匂いが立ち込める。うちの息子や娘も小さいころはこんな匂いだったなあ。
「騒々しくてすみません」と引率の先生に謝られるが、全く気にはならない。元気な子供たちの姿を目を細めてながめる。聞けば、下之郷駅の近くにある『生島足島神社』への遠足だったそうだ。
しばらく様子を見ていると、4人の引率の先生が、しきりに「しんちゃん」「しんちゃん」と声をかける声が耳に入る。どうやら他の子供たちは、みんなで遊んでいるのに、「しんちゃん」だけひとりでぶらぶらしているので、先生が気にかけているようだ。
ただ、しんちゃんにおかしな様子は見られない。きっと、集団が少し苦手なだけなんだよね。
私もそういう子だった(今でも?)から、よくわかる。なにしろ、小学校のクラスの学芸会では、グループになじめず、ピアノやマジックなど、ひとりで演じることのほうが多かったし。
そういえば、そんな小学生時代に、クラスで憧れのマドンナから、「私たちと一緒にやらない?」と誘われたことがあったなあ。ひとりでは不憫に思ったのだろう、才色兼備というだけでなく、そういう優しさも合わせ持つ、まさに三拍子揃ったマドンナなのだ。
ところが、当時の私は「ひとりでやる」と断ってしまったのである。ああ、なんともったいない。おそらく、情けをかけられては恥と、一分の男の意地が首をもたげたのだろうが、つまらぬときに意地を張る癖は今も抜けず、周囲を困惑させることが多々ある。もちろん、彼女から声がかかることも、二度となかった。
・・・あ、いや、そういう話は
余談に書くとして、しんちゃんのこと。
しばらくすると、そのしんちゃんが私の座っているベンチにやってきて、背中合わせにへたりこんだ。
「しんちゃん、どうしたの?」早速、先生が追いかけてきて声をかける。
「足がしびれたから座っとく」
「これくらいで疲れちゃったの?よ〜し、そんなところを撮っちゃうぞ」と先生がカメラを構えると、顔を後ろに背ける。ということは私のほうを向いてしまうことになる。
ここぞとばかり、「そしたらこっちから撮るぞ」としんちゃんに声をかける。それをきっかけに少し話をしてみた。
「遠足に行ってきたの?」
「うん」
「上田から来たのかな?」
「そう、○○幼稚園」
「お弁当は食べた?」と、ここでしんちゃんがちょっと口ごもる。あれ、どうしたのかな?
「サンドイッチ・・・3つ。それとね、フルーツ」
もしかしたら、おにぎりなどのご飯じゃなかったので、お弁当ではないと思い、言いよどんだのかも知れない。
「楽しかった?」
「うん」とおおきくうなずく。それはよかった。間近に見るしんちゃんは、目鼻立ちの整った男前である。私と違って大物になりそうな気がする。
「ねえ、写真撮ってよ!」横から元気な男の子が割り込んできた。これまた待ってましたとばかり、シャッターを切る。すると、その子が言う、
「あっ、別に写真送ったりとかしなくていいからね。ただ撮ってもらいたかっただけなんだから」
はあ、左様でございますか。二の句が継げない。行きずりなのだから、これ以上の関係は求めないってか。この子もきっと大物になるに違いない。だりあ組のこうへい君、君のことだよ!