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ドトールコーヒー

 自慢にもならないが、私は家族の中で一番の早起きである。
 だから、朝食は自分でつくることになる。といっても、トーストを焼くだけのことで、唯一、手間をかけているのは、朝のコーヒーだけはインスタントではなく、コーヒーミルで豆をゴリゴリ挽いて入れることくらいだ。
 それでも、起きてから雨戸を開けて、お湯を沸かしたりするだけで、30分くらい余計にかかってしまう。週はじめは気合が入って早起きするが、週末が近づくにつれ、しんどくなって、その30分が惜しくなってくる。
 で、どうするかといえば、7時近くまで寝て、何も食べずに家を出て、駅前のドトールコーヒーで朝食をとるのだ。
 ドトールコーヒーといえば、説明するまでもなく、全国展開しているチェーン店で、コーヒー1杯が180円と安価なこともあって、いつも混んでいる。私のよく行く駅前の店も、夕方は待ち合わせの人たちなどが携帯電話で連絡を取りあったり、騒々しいのであるが、朝はビジネスマンがほとんどで、比較的静かだし、回転も早い。
 ここで、コーヒーとジャーマンドッグというホットドッグ、370円也というのが、私の定番メニューなのである。

 このようなチェーン店では、当然、接客マニュアルがあるのだろうが、一時期、マニュアルの対応が画一的だと批判されたことがあった。例えば、単身赴任の人が、ひとりで毎日のようにファミリーレストランで食事をしても、必ず「何名さまですか」と聞かれた、なんて、いかにもありそうな話を聞かされたものである。
 かのドトールコーヒーも、「いらっしゃいませ、ご注文をどうぞ」と決まり文句でお出迎えである。ただ、朝は常連客が多く、何も言わなくても「ブレンドですね」と声をかけたりしている。かくいう私も、週に1〜2回の客でありながら、常連扱いしてくれて、黙っていてもコーヒーとジャーマンドッグが出てくるようになった。
 もちろん、こういう対応は、マニュアルを超えているはずで、店員によってまちまちになってしまうのは仕方のないことだ。対応が違うのをけしからん、なんて言うつもりはない。それよりも、店員それぞれの適性というか個性が見えて、こう言っては失礼ながら、なかなかおもしろい。
 この間まで、新人であることを示す若葉マークをつけた店員が、私は砂糖が不要なことを覚えて、他の店員がセットした砂糖を、すっと引いて、私に目くばせしたりする。一方で、相変わらず「ご注文は?」と尋ねるベテラン店員もいる。もっとも、常連とは知っていても、同じ注文とは限らないので、念のため確認しようという生真面目な性格なのかも知れない。

 先日のこと、カミさんが実家に帰っている間、ちゃんと朝食を済ませて家を出て、しばらく歩くと、ガスの元栓を閉め忘れたことに気づいた。まあ、元栓を閉め忘れたからって、すぐに火事になるわけでもないし、とは思ったものの、まずいことに、その日はカミさんの帰ってくる日であった。「だから一人にするのは危ない」なんて小言を言われるのは気が悪い。引き返してしっかり元栓を閉める。ただ、そんなことをしているうちに汗だくになってしまい、朝の忙しいときに何をしているのかと思いながらも、クーラーをかけてしばらく涼んで、出直し。
 当たり前であるが、バスに乗って駅に着くと、もう遅刻ぎりぎりである。こうなったらじたばたするより30分くらい遅れたほうが潔いと開き直り、会社に遅れる旨電話して、ドトールに飛び込んだのであった。
 その日の当番は、私のお気に入りの店員であった。店に入るなり、もうジャーマンドッグ用にトレイも用意して、待ち構えている。
「ブレンドとジャーマンドッグですね」
 ただ、さすがに汗が引ききっていなかったので、「ごめん、今日はアイスにしてくれる」と答える。
「え、そしたらアイスコーヒーにジャーマンドッグですね」
「あ、今日はアイスコーヒーだけで・・・」
 あれ、いつもと勝手が違うと、照れ笑いを浮かべてトレイを片付ける店員に、
「ごめんね、いつもと違うことしちゃ、だめだよね」と言うと、クスクス笑っている。
 一服して店を出る際、さっきの店員に改めて会釈すると、また笑顔で「いってらっしゃいませ」と声がかかって、気持ちよく出社したのであった。(遅刻ではあるが)

【2001年8月記】


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