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ドトールコーヒーその後
以前に『ドトールコーヒー』の女性店員のことを書いてから、はや8年。
これだけの歳月が流れれば、世の中も変わるし、生活も変わる。なにより家族で一番の早起きは、息子が中学に進学した時点で、弁当づくりのカミさんにその座を譲ってしまったし、2年ほど前からは、朝食が洋食から和食に変わってしまっている。
それで、『ドトールコーヒー』の女性店員(Tさんとしておこう)は、どうしているのだろうか。
あれから数年後、同じように朝、コーヒーとジャーマンドッグを持って席に着くと、つかつかとTさんがテーブルの前に歩み寄ってきた。何事かと少し身構えると、
「今度、番を張ることになりました」・・・あ、いや「店長をさせてもらうことになりました」という挨拶であった。
「そりゃ、おめでとう。がんばった甲斐があったね」と自然に言葉が出る。
そう、本当に根っからのがんばり屋で、納品された大量の商品や材料を率先して運び入れたり、店内では、お客が少しでも困ったそぶりを見せると、すぐに声をかけたり、気配りも申し分なく、まさに私の壷にハマったお気に入りの店員だった。もちろん、それはみなも同じ思いだからこそ、店長に抜擢されたに違いない。
店長になっても、偉ぶることもなく、相変わらずボトルの入った大きなダンボール箱を、えいやっとばかり運んでいる。こちらのほうが気になって、「店長になったんだから、誰かにやらせたら」と思わず声をかけてしまったほどだ。そんなときでも彼女は「店で一番の力持ちは私ですから」と力こぶをつくるふりをして、にっこり笑うのであった。
それからしばらく後のこと、店に入ると、前に副店長だった女性店員が店長の名札を下げている。
聞けばTさんは、神戸よりずっと西のH市の店長として転勤したとのこと。
ネットで検索してみると、確かにそのH市の店長として、Tさんの写真が掲載されていた。そのページは、ドトールではなく、西日本のとある企業のもので、その企業がドトールとフランチャイズ契約を結び、複数の店舗を展開しているようだ。Tさんもその企業の社員として転勤したというわけだ。
別れの挨拶こそできなかったが、あのTさんのことだ、きっとH市で元気に活躍しているに違いないと思っていた。
実は、1年半ほど前にH市に行く機会があり、(よくやるよ、というのは置いといて)そのときに立ち寄ってみたことがある。案の定、Tさんは店頭で我先に動き回っていて、前と何も変わっていないなと、ほっとした気分になったものである。
先日、ふとその企業のホームページを見ると、H市の店長の写真が別人になっている。あれ、また転勤になったのかな、と他の店の店長の写真を見ても、彼女の姿はない。どうしたのだろう、問い合わせてみようか、という思いもよぎったが、さすがにそれは控えて、1〜2週間後のことだった。
神戸の会社に近いドトールに立ち寄り、列に並ぶと、カウンターの中からの「いらっしゃいませ」という声に聞き覚えが・・・。列が進んで、声の主の顔が見えた、やはりTさんに間違いない。ただ、この店は、あの企業のホームページにも出ておらず、系列ではないはずだ。
「お久しぶりです」彼女から先に声をかけられた。
「こちらこそ、久しぶり。・・・でも、この店はあのグループじゃないよね」
「いろいろあって・・・。辞めたんです」
それで一から出直しで、今はアルバイトだという。それ以上事情を聞くのは憚られるので、「そうなんだ」と相槌だけ打って、コーヒーを受け取り、席に着く。
飲み終えたカップをカウンターに返そうとすると、なぜかTさんがカウンターの上に仁王立ちとなり、頭を天井の点検口に突っ込んで、配線かダクトをごそごそ修理している。
「おいおい、何をやらかす気だ!?」思わずまた声をかけてしまう。
「あ、見ないでください」まあ確かに目の前の高さに彼女の太股があるのだが、あっ、スラックスだから、のぞいたという意味じゃないので念のため。そんなことより狭いカウンターの上では危なっかしく見える。
「身体を動かすのは相変わらずだなあ。でも気をつけてよ」
隣から同僚の女性店員が「彼女は当店のスーパーウーマンですから」と、半ば自慢げに、半ばとても真似できないと感嘆した顔で言う。
本当に相変わらずだ。でも、店に入ったときの「辞めたんです」という伏目がちな彼女の様子で、心にかかったもやが、昔ながらの彼女の元気な姿に、すっと晴れ渡り、思わず頬もゆるむ。
彼女が再び店長になる日も、そう遠くはないかも知れない。
【2009年8月記】