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ハゲタカ


 続いてのお蔵入り原稿の棚ざらえは、予告どおりNHKドラマ「ハゲタカ」
 いつもと同じくネタバレの内容なので、そのつもりで。

 時代設定は2000年前後、次々に金融機関が破綻した平成不況のころだ。主演のハゲタカこと外資系ファンドの鷲津を演じるのは大森南朋。対抗する三葉銀行のエリート柴野には柴田恭兵。6週に渡る放映で、老舗旅館「西乃屋」の凋落、総合電機メーカー「大空電機」を巡るM&Aなどのドラマが展開される。
 当初の原稿は、各話の感想を書き連ねて長くなってしまったので、強く印象に残ったシーンに絞って記すことにしよう。
 第1話で、「西乃屋」の冴えない主人の演じるのは宇崎竜童。少々辛口で言うと演技は今いちの感があったが、金策に窮して鷲津の前でしょぼくれる姿は衝撃的であった。そして、埒が明かないことを知り、放心状態での帰途、トラックに跳ねられ死んでしまう。そのシーンが生々しいのだ。と言っても、血が飛び散ったりするわけではない。周囲の人たちの「早く救急車を!」と叫ぶ声が聞こえるだけなのだが、その緊迫感に息をのんだのであった。

 第4話では、大空電機の買収にかかった鷲津が株主提案を行う。しかし、三葉銀行から大空電機に転身した柴野が、病床の会長(菅原文太)の遺書とも言える手紙を読み上げ、株主を説得する。感動的な手紙に株主が心を動かされ鷲津案は否決、会社提案が承認されて大団円を迎える。
 万雷の拍手の中、エンディング曲が流れ出し、観ているこちらは「おいおい、いつからお涙頂戴のドラマになったんだ!」と思わず悪態をついてしまう。
 と思ったら、画面からも「とんだ茶番だ」と見透かしたような声が。誰かと思えば、死んだ西乃屋の主人の息子(松田龍平)だ。総会から引き上げる鷲津の前に立ちはだかる息子。気がつくと、いつの間にかエンディング曲が消えている。かように大団円から一気に緊迫感を盛り上げるドラマの作り方にも舌を巻いたのであった。

 もっとも胸に刺さった台詞がある。同じく第4話、死期の近い大空電機の会長が工場を訪ねたシーンだ。入社以来40年、ひたすらレンズを磨き続けるベテラン職人(田中泯)に何気なく声をかける。
 「40年間レンズを磨き続けた拠り所は何だったのかね」
 戦後、会長が興した大空電機はカメラ事業からスタートした。その職人が入社したときも、会長は「この会社の原点はレンズだ」と訓示したという。だから、その職人も原点であるレンズを変わらず磨き続けていた。逆に職人が会長に問う。
 「変わったのは、会社のほうですよ」
 その言葉に会長は激しいショックを受ける。自分が原点を忘れ、総合電機メーカーへ拡大路線を突き進んだ結果、会社が苦境に陥ってしまった・・・。
 サラリーマンの私自身、ジーンとくる言葉であった。
 ちなみに、会長はショックを受けたことを台詞ではなく後ろ姿で語っていた。全編を通じて後ろ姿での演技をしたのは、菅原文太と大森南朋だけである。さすが並の役者とは違うと改めて思う。

 で、「ハゲタカ」にまつわる個人的なエピソードとは。
 兵庫県西部の工場に勤務していたとき、定年を迎えた二人の社員に感謝状を贈呈する役が回ってきたことがある。もちろん、感謝状を渡すだけでなく、はなむけの言葉をかけなくてはいけない。しかし、工場現場で40年以上働いてきた先輩に何を言えばいいのか。
 二人の経歴を見ると、今とは別の○○工場に入社している。ただ、その工場は会社の事情で閉鎖され、ちょうど私が入社したときは、解体工事の真っ最中であった。そうとわかった瞬間、あの職人の台詞が蘇る。
 迎えた感謝状贈呈式典での挨拶。
 「お二人とも○○工場に入社され、その後の工場閉鎖や組織改編でご苦労をおかけしました。社会の変化に応じて会社は変わりましたが、お二人には変わらず職務に尽くしていただき、深い敬意と感謝を申し上げます」
 全くもって「ハゲタカ」のまんまである。二人の表情は変わらず、どのように受け止めたかはわからない。
 式典を終えて、引き上げようとすると、手伝ってくれた若い女性社員Nさんが一言。
 「スピーチ感動しましたハートマーク」(注:文末のマークはあくまで私の願望である)
 思いがけない言葉に、つい打算が働き、ドラマから引用したことを言いそびれてしまった。ごまかしたなら、そのまま胸にしまっておけばいいように思うが、やはり謝ろう。すまないNさん、あれはパクリでした。



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