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久しぶり
最近のささやかな出来事を二題。
まずは、出勤時にコーヒーを買うために毎朝立ち寄るコンビニでのこと。今はどこのコンビニも外国人の店員が多くなった。私が立ち寄るコンビニも同様で、名前からしてベトナム人とわかる店員が何人か働いている。共通しているのは、みな甲斐甲斐しく働いていることで、日本人が忘れつつある勤勉さ、慎ましさを思い出させてくれる。
その中でも、もっとも目をかけているのが、比較的最近入ったRさんだ。馬鹿にするのではなく、いかにも田舎から出てきたばかりの素朴な娘さんという風情で、ただでさえ女性に甘い私は、暖かく接するよう心がけている。
そのおかげか、彼女はすぐに顔を覚えてくれて、私が店に入るなり、コーヒーのカップを用意してくれるようになった。さらに他の先輩店員が応対した際も、脇からそっとカップを差し出し、「交通系です」と言い添えてくれたこともあった。そう、いつも電子マネーのSuicaで支払うことも覚えてくれていたのだ。
ところが、ここ2ヶ月ほど、彼女の姿を見かけなくなってしまった。もしかしたら日本の水が合わず、帰国してしまったのか、と気をもみながら、毎朝、店へ行っても彼女は不在という日が続いたのである。
そうした中、先日、日中に出先から帰る際、暑くて喉が渇いたのでアイスコーヒーを買おうと店に入ると、おお、レジにRさん!
「久しぶりだね」と声をかけると、いつもあまり表情を変えない彼女がはにかんだ笑みを浮かべて「久しぶりです」と答えてくれて、ほっとする。
早速、カップを取り出そうとする彼女を制して、「ごめん今日はアイスコーヒーで」と伝え、「朝のシフトから変わったのかな」と尋ねると、「朝は勉強しています」とのこと。
とっさに在留資格の試験と思いこんで、「受かった?」と聞いてしまったが、「まだです」という答えが返ってきたので、やはりそういう類の勉強なのだろう。
支払いの段になって「iDですね」と言われ、「あ、いや、Suicaで」と答えると、しまった、そうだったという顔で「ごめんなさい」と縮こまっている。「いやいや、久しぶりなんだから間違えてもしかたないさ」と取りなす。
サーバーでアイスコーヒーを淹れて、店を出る際、もう一度彼女に「がんばってね」と声をかけようと思ったが、接客中だったので、それは控える。本人には直接言えなかったが、彼女の努力が報われることを心から願う。
続いても「久しぶり」という話だが、久しぶりのレンジが違う。
「行きつけの店」の項で、「珈琲館」という喫茶店のマスターが、ずいぶん前に代替わりしたと書いたが、実は引退したマスターは、自宅を改装して喫茶店を開いたと聞いていた。ただ、駅から遠く、なかなか行くきっかけがつかめなかったのである。先日、たまたま店の近くに用事があったので、この機会しかないと顔を出してみた。
「久しぶりです」と声をかけて入店したものの、マスターが覚えてくれているかわからない。そこで、昔からの客だということをさりげなく伝えるために「駅前の店を息子さんに譲ってどれくらいになりますかね」と尋ねると、「もう20年です」
20年!そんなに不義理をしてしまったのか・・・思わず絶句したところにマスターが続ける。
「でも、宮田さんはちっとも変わってない」
「え!?名前まで覚えていてくれたんですか」
心が震える。
「店に入る前に中を覗いたでしょう。そのとき顔を見てすぐにわかりました」
確かに、品がないと思いながらも、初めての店内がどんな様子なのか覗いた。その時点で気づかれていたとは嬉しいというか恥ずかしいというか。
「マスターも変わってないですよ」
「いやいや今年80ですから、すっかり老けました」
マスターは会社のかつての同僚のことも覚えていて、しばらく昔話に花を咲かせる。
いかにも値が張りそうなコーヒーカップも昔のままだ。聞けば息子夫婦は高級品はもったいないと買い直したので、昔のカップは持ってきたそうだ。おかげでなつかしさに拍車がかかるのである。足の便は悪いものの、それを機会にちょくちょく顔を出すようにしている。なつかしい雰囲気に浸る目的もあるが、20年間の不義理を穴埋めする気持ちも込めている。