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日韓(プチ)交流


 先日、会社の定時後、神戸ハーバーランドのキャナルガーデンと呼ばれるエリアにある喫茶店で、『中央線の思い出 上野原〜勝沼編』の原稿の推敲をして、21時ごろ店を出た。
 原稿の推敲など家でやればいいじゃないか、と言われるかも知れない。
 もっともである。ただ、私は下戸なので、帰りに一杯引っ掛けるということはしたくてもできないのだが、会社から家までの間にワンクッション置きたい、というのは同じである。
 この日はたまたま原稿の推敲をしたまでで、普段は本や雑誌を読んだりして、気分を切り替える、言い換えればクールダウンしているのだ。
「クールダウンなんてかっこつけて、ただ家に帰りづらいだけじゃないの」と突っ込まれると、返す言葉がないので、話を戻そう。

キャナルガーデン
2008年のクリスマスシーズンに撮ったキャナルガーデン。
6層吹き抜けの天井には、星空をイメージしたイルミネーションが飾られ、奥には高さ21.5mの巨大なクリスマスツリーもあって、なかなか華やかだ。
 店を出ると、5人くらいの若い女性が、地図を広げてなにやら相談していて、ふと、その中の一人と目が合った。ぱっちりとした眼のかわいらしい女性だが、その眼には、明らかに「困った」という色を宿している。それを女性にはお節介な私が放っておくはずはない。
「どうしたの?」という目を返す。すると、
「コーソクコウベエキハ、ドコデスカ?」と言われ、意表をつかれる。
 彼女らが手に持つガイドブックに目をやれば、ハングル文字があり、韓国人と知る。
 偏見ではなく、アジア系の観光客は、どことなく雰囲気からわかるのだが、その5人には全く感じられず、てっきり日本人だと思っていたのだ。
 さらに困ったのは、コーソクコウベ、つまり神戸高速鉄道の高速神戸駅を言葉で説明するのは、ハーバーランドをご存知の方ならおわかりだろうが、結構難しいのである。

 ハーバーランドとは、神戸駅南側にあった湊川貨物駅跡など、約20ヘクタールの広大な敷地を再開発した街のことなのだが、JR神戸駅や高速神戸駅とは、国道2号線やそのバイパス、さらに阪神高速道路で分断され、動線が弱いのである。
 そのうちJR神戸駅なら、これらの道路を横断さえすれば、どーんと駅舎が見えるので、なんとかなるのだが、高速神戸駅は地下駅なので、そうはいかない。つまり20ヘクタールの中から、高速神戸駅に至るルートをピンポイントで説明しなくてはならないのだ。
 おかげで日本人の観光客からも、道に迷って尋ねられることが多々あり、説明の最後に「途中でわからなくなったら、誰かに聞いてください」と付け加えるのが常であった。

 それで、今回はどうする?
「高速神戸駅は難しいから、一緒に連れて行きますよ」
「イッショ?」
 最初のアイコンタクトは通じたのだが、日本語はうまく伝わらない。
 ひとりだけ、少し日本語が話せる女性から、逆に「英語はできませんか」と聞かれて、恥ずかしながら「できない」と答える。
 しかたなく、身振りを交えて「案内、案内」と言うと、どうにか理解してもらえたようだ。
 行き先は梅田だというので、それならJR神戸駅の方が近いし、早いと思い、「JRでも行けますよ」というと、「ジェーアール?」との反応。
 う〜ん、ガイドブックにJRはないのだろうか、それともこちらの発音が悪いのか。結局、素直に高速神戸駅に連れて行くことにした。
 日本語を少し話せる女性がリーダーらしい。道々、彼女と片言ながら会話を交わす。
 彼女らの年齢に少し差があるように思ったが、みな若いので、「学生さんですか」と尋ねると、なんと全員ソウルの同じ中学校の教師で、冬休みを利用してやってきたという。
 思わず「みなさんお若いですね」と言うと、その女性が他のメンバーに訳してくれたようで、みなキャッキャ言って喜んでいる。この喜び方も日本の若い女の子とそっくりである。お世辞のつもりはなく、正直な感想なのだが、「若い」というフレーズを喜ぶのは韓国でも同じなのかな。
「円高で大変でしょう」と腕を下から上げる身振りをつけて言うと、
「たいへんです」
「買物はしましたか」
「すこしだけ」
「逆に失礼ながらウォン安だから、韓国にはたくさん日本人が行っているようですね」
「そうです。たくさんきています」
「中学では何を教えているのですか」と言いかけて、はっと気づく、「あっ、英語ですね」
「そうです」と深くうなずく。(いやあ、少しは英語ができるなどと中途半端なことを言わなくて良かった)

 こうして10分足らずで高速神戸駅に着く。改札の上に掲げられた電光掲示板には、阪急、阪神とも、梅田行き特急が21時19分に同時発車すると表示されている。
「阪急と阪神、どちらで行きますか」と尋ねると、「ハンキュウ」とのこと。おそらく旅行会社か添乗員にそう言われたのだろう。
「それじゃ、気をつけて」と見送ると、全員が笑顔で「ありがとうございました」とお礼の言葉が返ってきた。
 いや、正確には日本語で答えてくれたのは、英語の先生だけで、あとは韓国語だったので、聞き取れなかったのだが、にこやかな表情を見れば、言葉は通じなくとも謝意を表わしているとわかる。
 5人ものうら若き女性たちに一斉にお礼を言われると、なんだか急に気恥ずかしくなり、じゃあ、とだけ手を挙げて踵を返したのであった。

 ちょうどその前日の新聞に、日韓双方で相手国に対する意識調査を同時に行った結果が報じられていた。
 それによると、日本人の約半数が韓国に親近感があると答えたのに対し、日本に親近感があると答えた韓国人は1/3程度だったとのこと。
 このような調査はどこまで信憑性があるのだろう、と思うこともあるが、日韓の歴史的経緯を考えれば、もっともらしい数字ではある。
 今回の一件で、日本に対する親近感をコンマ何がしかは上げられたかな・・・。
「そういうおまえは女性に対する親近感だけだな」って、野暮なことは言いっこなしということで。

■       ■       ■

   まさに余談ながら、実は1年半ほど前に、似たような出来事があった。
 そのときは同じキャナルガーデンから立体駐車場に至る連絡通路を、若い女性がふたり、息せき切って走ってきて、「高速神戸駅はどこですか」と尋ねてきたのだ。
 これも本当のことを言えば、最初は「京都駅はどこですか」と尋ねられ、びっくりして「京都!?」と聞き返すと、「あっ高速神戸駅」と照れ笑いを浮かべて言い直したのである。
 聞けば二人ともソウルの大学生で、そのうち最初に「京都駅」と尋ねてきた女子学生は、日本語を専攻しているというだけあって、さすが会話に不自由しない。
 それでも、立体駐車場から高速神戸駅までのルートは、いよいよ説明が難しいので、同じように連れ立って案内をする。
 やはり彼女らも、大阪へ向かうのに「高速神戸から阪急」ご指名である。
 途中のキャナルガーデンには阪急百貨店があるのだが、そこに『阪急』の文字を見つけた日本語専攻の彼女が、あった!とばかりダタダダッと走り出してしまい、慌てて呼び止める。
 早とちりというか、そそっかしいというか、どこか憎めないキャラクターの彼女との会話は、つかの間とはいえ、楽しいものであった。
 さすがにそのときは日本語が通じたので、JR神戸駅近くの地下街で「ここから先、まっすぐ行けば高速神戸駅だから」と別れたのである。
 それにしても、なぜみんな高速神戸から阪急なのだろう。JRや阪神は、海外旅行者へのPRが足りない?

【2009年2月記】


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