その2 非常電制
粟生線の橋梁のことはちょっと横に置いて、今回は非常電制のお話。
急勾配の続く神戸電鉄では、通常のブレーキ以外に非常用のブレーキを装備していることを聞いてはいた。ただ、正直言うと、具体的にどんなブレーキなのかは、今回調べるまでよくわかっていなかったのである。
ウィキペディアによれば、その非常用ブレーキとは非常電制という電気ブレーキであった。通常の電気ブレーキは抵抗器などで負荷をかけるが、非常電制はショートさせてしまうそうで、究極の電気ブレーキと言うべきものだ。
それを読んだ瞬間、遠い昔のことが蘇り、「ああ!」と思わす声を上げてしまったのであった。
30年以上前の学生時代の鉄道研究会でのこと。毎週の部会では、年間テーマだけでなく、各人が得意分野の話題を持ち寄り、勉強会をすることがあった。結構まじめな活動をしていたのである。
あるとき、私が選んだテーマは、空気ブレーキと電気ブレーキ。それも、それぞれのブレーキのしくみを、模型で実演することをもくろんだのであった。今から思えば、文系鉄ちゃんの分際で、ずいぶんと背伸びをしたものである。
それでも、空気ブレーキは、紙鉄砲の要領でシリンダーとピストンをつくって、すぐに完成。一方の電気ブレーキは、手回し式の発電機を回している最中に、豆電球をつなぐと重たくなる、つまりブレーキがかかるのを部員たちに体感してもらうつもりであった。
問題は手回し発電機で、今でこそ防災グッズとして、広く出回っているが、当時はほとんど目にすることはなかったのである。やむなく手元にあった適当なギアボックスとマブチモーターを組み合わせて自作。もっとも、モーターむき出しの自作発電機の方が、見る側には仕組みが分かりやすいかも。
さあ、早速テストしようと、自分で発電機を回しながら、豆電球をつないでみる。
・・・が、何の変化も感じない。
おかしいな。小さなモーターだから、変化を感じにくいのだろうか。それなら試しにモーターをショートさせて目一杯の負荷をかけてやろう・・・。
そう、このときは神戸電鉄の非常電制など、知る由もなかったのだが、まさにその実験をしたのである。
その結果、ずっしり重くなり、ブレーキの効果はてきめん。どうやらモーターの問題ではなく、豆電球では負荷が小さすぎたようだ。
しかし、部員は、男女ともほとんどが文系である。ショートさせたらブレーキになるなんて、理解してもらえるだろうか。さらに当たり前だがモーターは発熱して、壊れてしまいそう。(非常電制も、ひとたび使うとモーターが焼損してしまうそうだ)
やはり、何かをつないで「電気を使う」ところを見せなくてはいけないと考えたあげく、たどりついたのは、モーターをつなぐこと。言わば他の電車に電気を返す回生ブレーキである。モーターにモーターをつないでも、わかりにくいかなとは思ったものの、豆電球に比べたら、はっきりブレーキの手応えがある。
そして発表の当日、空気ブレーキは、1回動かしたら、シリンダーからエアが漏れてしまい、使いものにならず。気を取り直して、電気ブレーキの説明に移る。
誰かに実演してもらおうと、部員を見渡し、いちばん素直そうな女子部員に白羽の矢を立てる。壇上に招き、発電機を手で回してもらい、モーターをつなぐと、
「あ!重くなった」
「ということは?」
「ブレーキがかかったんですね」
「そうそう!」
実験大成功!!
と思ったら、同期の文系男子部員から横やりが入った。
「モーターなんかつながなくったって、発電しているんだからブレーキになるんじゃないの?」
あらら、ショート以前の問題・・・。
「電気を使わなくちゃ、発電機は空回りしているだけだぜ」
「でも、発電機を回せば電気が流れるだろ?」
「いやいや、発電機をモーターなどにつながないと電気は流れないさ。それで、モーターの回転や熱のエネルギーに相当する負荷が発電機にかかって、ブレーキになるわけで・・・」
「わかんない」
「・・・・・」
文系が文系に説明する限界であった。
目で見て動きが理解できる機械系に比べると、電気系の説明は難しい。例えば、ディスクブレーキは写真で説明できるが、非常電制の写真と言われても無理な話だ。
今でも、非常電制はもちろん、一般的な電気ブレーキでさえ、うまく説明できる自信はない。
【2015年1月記】