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余録/てつたび
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 そして2日後の午後、少々強引に再び北条鉄道へ。
 やはり最初は法華口駅だ。待合室に顔を出すと、早速北垣駅長が「今朝、中井さんが列車で何往復かされてましたよ」と教えてくれる。
 そうか、やっぱりロケハンするんだ。それなら沿線のどこかにいるはずと探しに出るが、見つけられず、結局また網引に腰を落ち着ける。このまま出会えなければ縁がなかったまでのことだ。
 しばらくすると、年配の男女2人がやってきて、駅の掃除を始めた。男性には見覚えがある。駅の待合室で切り絵細工を指導しているボランティア駅長として、地元の新聞に写真付きで紹介されていた方に違いない。
 「ボランティア駅長の方ですよね」
 「はい、そうです」
 「はじめまして。いつもお手入れご苦労様です」
 「いえいえ、たまにしかしてませんから。今日は4時にNHKが切り絵教室の取材をしたいというので、出て来たまでですよ」
 「へえ、そうなんですか」なんて答えながら、内心は「やった〜待ち伏せした甲斐があった!」と小躍りしていたのである。
 「ただ、今日は定例じゃないので人が集まらなくて・・・どうです、一緒に切り絵をやりませんか」
 「え?」
 なんだか妙な成り行きになってきた。断るのも変なので、促されるまま、地元のおばさん達に囲まれて、切り絵の指導を受けていると、
 「こんにちわ、NHKです」と一昨日のディレクターが待合室に入ってきた。続いてついに本命、
 「こんにちわ〜鉄道写真家の中井です」
 ようやく出会えた中井プロ。早速、切り絵教室の取材が始まったが、ここで私はフェードアウト。テレビに出るチャンスではあるが、地元のおばさんに中年鉄ちゃんが混じっているのは、どう考えても絵にならないとの自己判断である。
 取材がひと段落した頃合いを見て、中井プロと少し話をして、お決まりのサインと記念写真をお願いする。
 列車の時刻が近づき、中井プロが撮影場所を探しに歩き出した。大変なのは撮影クルーで、重い機材を背負いながら中井プロの後を追う。彼が寝転がって構えると、クルーも一緒に寝そべる。その様は大変を通り越して、失礼ながらちょっと滑稽ではある。
 時間的にその日最後の撮影となる頃、以前、ここで出会った中年の撮り鉄がやってきた。今日はいろんな人に出会う。築堤の下で寝そべる中井プロを見つけ、「もしかして、あの方は?」
 「そうです、鉄道写真家の中井さんですよ。サインももらっちゃいました」と見せびらかすと、
 「いいなあ〜私ももらえるかなあ」
 「中井プロは気さくな方だから、頼んだら書いてくれますよ」ちょっと無責任に答える。
 その日は、きれいな夕焼けを期待していたのだが、厚い雲に夕陽が隠れて、発色がさえない。
 ところが、撮影後、中井プロが「ほら」と見せてくれたモニター画像は、見事な夕焼け色だ。
 思わず、件の鉄ちゃんと一緒に「うっそ〜!」と叫んでしまう。冷静に考えれば、画像スタイルを操作して撮ったに違いないが、それを「つくり物」とは揶揄することはできない。件の撮り鉄とも、「今日の夕焼けは期待したほどではなかったですね」などと話していたのだが、プロはそんな言い訳は通用しない。どんな状況でも成果を出さなくてはいけないのだ。アマチュアとの差を見せつけられた瞬間であった。
 「今夜はお好み焼き!」と宣言して、上機嫌で引き上げる中井プロ一行を二人で見送る。
 そうそう、書き漏らしたが、中井プロが引き上げる前に、件の撮り鉄にも気前よくサインをしていたのはもちろんである。


切り絵shadowshadow

切り絵教室での作品。ただ、自分で作ったとはとても言えないのである。
というのも、取材途中でフェードアウトしたので、ほとんど手つかずのまま
ほったらかしてしまったのだ。その間にボランティア駅長が仕上げてくれて
いたのである。帰り際に渡してもらって感謝感激。ありがとうございました。


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