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タイトル
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201系入線

 ここからは快速線内のお話。
 今や新型の233系に押されて、風前の灯火となってしまった201系。
 その201系が初めて入線したのは、ちょうど30年前の1979(昭和54)年のことだった。
 1979年の何月だったのか、例によって思い出せないのだが、寒かった記憶があるので、1月か2月だったはずだ。
 直前に、中央線に新型電車が入るという報道があり、大学の部室でどんな電車なんだろうと話をしていると、部員のひとりが「じゃーん」とばかり1枚のコピーを差し出した。
「おお、局報じゃないか!」
 そう、局報には、それぞれの鉄道管理局内部の連絡事項が載っていて、これを読めば、定期列車以外の臨時列車や配給車などの予定が一目瞭然なのだ。
 もちろん、その局報には201系が三鷹電車区に回送される日時が記されていて、早速出かけたのである。

201系入線


 記憶が曖昧な今となっては、この日が本当に初めての入線だったのか、いささか自信がないのだが、晩の遅い時間だったことは覚えている。
 確かにホームの時計は、22時43分あたりを示している。
 もうひとつ覚えているのは、駅員のアナウンス。
「まもなく新型電車は車庫に入ります。鉄道ファンのみなさん、ご苦労様でした」
 という、気の利いたアナウンスに、その場がほっと和んだのであった。

 別の日のネガにも、201系が写っている。
 いよいよ記憶がないのだが、列車番号に『00試』とあるので、試運転中の日時をまた局報で調べたのかも知れない。
 場所は同じく三鷹駅だろう。隣にこれも今となってはなつかしい営団地下鉄5000系が停まっている。

201系試運転


 201系の試作車では、先頭車両にスタンションポールが備えられていた。
 ただ、私自身も感じたのだが、スタンションポールは、ラッシュ時の車内移動の邪魔物でしかなく、後に撤去されてしまった。

スタンションポール クモハ200−901
わかりにくい写真で恐縮だが、ホームから車内のスタンションポールを撮ったもの。
切り抜き文字のナンバーも通勤車両には新鮮だった。
このクモハ200は試作車のみがつくられ、量産されることはなかった。

 約半年の試運転を経た夏になって、201系がようやく運用に入った。
 201系は、当時最新のサイリスタチョッパ制御の省エネを標榜し、当初は大きな『省エネ』マークを誇らしげに掲げていた。
 この年は第2次オイルショックが起き、省エネルックと称した半袖の背広なども登場した。まさに201系は時宜を得た車両だと言えるだろう。
 下の写真はそのころ国立駅で撮ったスナップ。側線にEF15の62号機牽引の貨物列車が退避していて、新旧対照を狙った写真だ。
 国立駅も、今は複々線化の工事途上で下り線が高架となり、大きく様変わりした。EF15の後ろに見えるゴルフ練習場も、今は巨大なマンションとなっている。
 一方で、今も地球温暖化防止を理由に、『省エネ』が叫ばれているのは変わらない。省エネルックだって、当時は笑いものになったが、今はクールビズと呼び名を変えて定着しつつある。
 果たしてこの30年は、進歩したんだか、足踏みしていただけなんだか・・・。

省エネマークを掲げた201系

【2009年11月記】
つづく

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