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タイトル
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突然だが、ここからは豊肥本線の合宿での研究成果を発表した冊子から、1年後輩の二人の女子部員のエッセイを転載しよう。

TさんとSさん
九州への道中、地図?を広げて何やら相談中のTさんとSさん。

その二人とは、思い出話銚子電気鉄道で紹介したTさんとSさんだ。
残念ながら、二人とは音信不通なので、無断転載になってしまうのはお許しを。
二人のエッセイは、それぞれの性格がよく表れていて、当時も、そして今でも、とても気に入っている。銚子電気鉄道の項で、二人をよく覚えていると書いたが、このエッセイがあればこそである。
実は、銚子電気鉄道の原稿を書いた時点で、次は豊肥本線を取り上げて、エッセイを載せようと決めていたのであった。
転載にあたっては、原文をOCRソフトで読み込み、誤認識した分のみ修正し、あとは改行や句読点なども含めてそのままにしてある。
まずはTさん。テーマは豊肥本線の支線である高森線(現在の南阿蘇鉄道)のレポートだ。

夏合宿の思い出(1)

 高森線に乗って


 高森線とは豊肥本線の立野駅から高森駅まで,全線約30分といった本当に小さな小さな国鉄である。
 私がそんな国鉄高森線に乗ろうと思ったのは,豊肥本線からとは丁度反対側の阿蘇を見たかったことと,もう一つはこの線が「忘れられた国鉄」であるように感じられたからである。なぜなら時刻表の下の方にちらっと書いてあるだけだし,一日にたった6本しか走っていない。そんな「のんびり列車」に乗ってみたかった。
 豊肥本線は,阿蘇に登る観光客等が割合に利用しているせいか,座席もすぐにいっぱいになってしまうし,冷房の入った列車さえあるのだ。それだけでもそうとう車内は,都会的なのにまわりの話し声に東京弁が聞こえるのだから「いなか的雰囲気」はガタオチである。
 ところが高森線は,唯一の観光地高千穂峡へは,バスでというわけで利用客はそこに住んでいる人々がほとんどであるらしい。そのせいか,電車の中はガラガラ,冷房なんてあるわけがない。昔ながらの扇風機が,ブルンブルンと回っているのだから,さすがに「いなかの電車」だけのことはある。
 私は今,立野15時5分発の電車に乗って高森駅へ向かっている最中である。私は阿蘇が良く見える方,つまり進行方向の左側の席をとって窓の向こうをながめている。
 窓の外の景色はさすがに素晴らしい。雄大な阿蘇のゆるやかな緑の裾野が,今にも泣き出してしまいそうに重くのしかかる白い雲をバッサリと断ち切るように,すぐそこまで迫ってきている。それに,ときおり見える茶色の放牧の牛の姿も,一層大自然の神秘的な雰囲気をひきたたせている。
 ああ,ついに空は大粒の雨を降らせ始めてしまった。窓ガラスに打ちつけられる大粒の水滴が,クネクネと弧を描きながら流れ落ちる。すると又,同じように水滴が打ちつけられる。すっかりくもってしまった窓ガラスの向こうで阿蘇は一段と物憂げに空を見あげ限りない大地にどっかりと腰を降ろしていた。
 私と同じボックスの向かい側では,3才くらいの男の子連れのお母さんと,その知人らしい若い女の人が,さっきからしきりに子供の「学習塾」について話しをしている。こんないなかでさえも,子供の塾通いは多いらしい。日本中どこへ行っても,子供にかける母親の願いらしきものは変わらないのだなぁ。
 立野の駅を出発して,もうどのくらいたっただろうか。時計は3時半になろうとしていた。
 電車は終点の一つ手前の駅である阿蘇白川駅へすべり込んで行った。私のすぐ前にいた若い女の人が男の子に笑いながら手を振っている。
 この駅で降りた何人かの人々は,みんな駅の古ぼけた木造の待合室にかけ込んで行った。
 電車はそれらの人々を見送りながら出発した。あっというまに終点高森駅へ到着した。その間7分。なんと短かかったことか。
 高森駅の待合室には,次の16時24分発の電車を待っている人が何人かいるだけだった。電車が着いて,ほんの少し活気づいた駅も,降りた人々が足速に駅を去ってしまうと元の静けさにもどってしまう。
 駅前には蒸気機関車が1台、静かに佇んでいる。その向こうに見える山々は,うっすらとした霧につつまれ,私の足元の水溜まりはひっきりなしに落ちて来る水滴の波紋をうつしていた………。

高森駅前のC12
高森駅前のC12(1975年)
前年まで現役だったのだが・・・

個人的には雨が降り出したあたりからのくだりがとても好きなのだが、いかがだろう。
窓をクネクネと水滴が流れるという表現だけで、雨の日に一緒に列車に乗っているような気分になる。
本当にまじめだった彼女は、将来は学校の先生かなと、勝手に思っていたが、果たして今、どうしていることだろう。



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