余録/宇多田ヒカルと藤圭子
法華口駅で下車して、待合室に入ると、あっ宇多田ヒカル・・・と見まがうばかりの女性が真っ先に目に入った。ぽつんと座って、なにやらノートに書き込んでいる。さて地元の子だろうか、それとも旅行者だろうか。
しばらくすると、駅舎などの写真を撮り始めて、旅行者とわかる。40年前だったら、声をかけたろうが、いい歳のおっさんとなった今は分別をわきまえよう。本来の目的である撮り鉄のため、彼女をおいて駅を出て、隣の田原駅へ向けて歩き出す。
途中、上下列車を2本ずつ撮り、田原駅に着いてみると、ホームのベンチにひとり座っているのは、さっきの宇多田ヒカル!? 法華口にいたはずなのに何で?と少々混乱するが、考えてみれば、途中で撮った上り列車に乗っていれば、追い越されてもおかしくない。ひと駅だけ乗車するとは、乗り鉄かとも思うが、プロのようでもあり、独特な存在感を放っている。
「絵になるなあ」と彼女を改めて見ていると、ちょっと宇多田ヒカルとは違うかな、と思えてきた。「え〜っと、誰だろう、そうだ藤圭子の若い頃に似てる」と素で思ってしまい、その瞬間に宇多田ヒカルの母親だったと気づいて苦笑い。さすが母娘である。
ここで再会したのも何かの縁だ。やっぱり声をかけなくちゃと思ったものの、何せ一人旅の藤圭子である。余計いじりにくい雰囲気。
「ひとり?」なんて尋ねるのはもちろんNG。ではどうするか・・・。
「法華口にいた方ですよね」
「ええ」
「旅行のライターさんですか?」
「いえいえ、ただ電車に乗りに来ただけです」と手を振り、予想外のはにかんだ笑顔で答えてくれた。電車と口にしたことからして、一般人であることは間違いなかろう。ただ、プロなら会話を続けるつもりだったが、プライベートであれば、立ち入るのは厳禁と心に決めていた。
「それは失礼しました」
これで会話は終わりである。
やがてやってきた下り列車に一緒に乗り込み、こちらは次の撮影地、長で下車。車内に残る彼女とは、軽く会釈をしあって別れたのであった。
法華口〜田原間で撮影した上り列車。もしかしたら、この列車に乗っていたのかも知れない。
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