翌朝、寸又峡の名所である夢の吊り橋まで歩いてみようかと思ったら、1時間半くらいかかるという。おまけに宿の人から「今日はたくさんの観光客が登ってきますので、途中の道路が9時すぎから片側交互通行になります。もしお帰りならお早めのほうが」と勧められたこともあって、さっさと井川線に向かうこととする。
昨日は撮影のみだったから、今日は乗車がメインである。撮り鉄が基本であるが、やっぱり乗車して肌で確かめなくっちゃ。ということで、ここからは撮影ガイドに引き続き、乗車ガイドならびに沿線の車窓ガイドというつもりで書いていこう。
さて、乗車するなら千頭まで戻るのが筋であろうが、長島ダムの駐車場に車を置く。実は前日、ここで旧線跡のトンネルが遊歩道になっていて、アプトいちしろ駅まで通じていると知り、歩いてみようと思ったのである。でも考えてみたら、レンタカーを1日中駐車場に置いておくなんて、ちょっともったいない。
ダムの目の前にかかる『しぶき橋』を渡った先から少し下ると、早速旧線のトンネルが現れる。ただ、遊歩道というのだから照明くらいあるのだろうと思っていたら、中は真っ暗。手さぐり、いや足さぐりで抜ける。と、そこは真新しいキャンプサイトになっていた。川向いには井川線も望め、ここで撮影するのもいいかも知れない。
アプトいちしろ駅へ行くには、ここからもうひとつトンネルを抜けなければならない。ただ、最初のトンネルよりはるかに長く、逡巡してしまう。とはいえここまで来て引き返すわけにもいかず、ええい、ままよとトンネルに突入。案の定、しばらく進んだところで年甲斐もなく恐怖感で立ち往生。どっちが出口でどっちが壁なのかさえわからなくなってしまった。
どうしよう、しばらく頭を抱えたところで、はたとひらめいた。真っ暗な場所で、カメラがオートフォーカスのために発光するのを利用するのである。シャッターボタンを半押しすると、ビビビビビッ、おお、見える見える!目に残る残像を頼りに歩を進め、適当な間隔でまた発光。こうして何とかトンネルを抜けることができたのである。いやあ、ない知恵も絞ってみるものだ。
気がつくと、バッテリーの残量が少なくなっていたが、それはしかたない。トンネル出口の看板に、懐中電灯はアプトいちしろ駅か、キャンプ場で貸し出しているとある。確かに懐中電灯は必携だろう。
アプトいちしろ駅。ホームの中央に観光客を迎える簡素な横断幕があると思い近寄ってみると、『祝アプト開業15周年』。
そうか、アプト区間の開業は1990(平成2)年だから、確かにもう15年経つんだ。
この駅は公道でアクセスできないことは前に書いたが、ということは駅で待つ乗客はトンネルを抜けてきた私だけである。一人ベンチに腰掛けると、駅を独り占めしたようで、なんだか愉快な気分になる。
少し冷えるので、そのベンチで温かい缶コーヒーを飲みながら、アプト式機関車が準備のため引上げ線に向かうのを眺めていた。