まずは、今から約35年前の1975(昭和50)年の高校時代に話はさかのぼる。
鉄道研究会の九州合宿の帰りがけに、みんなで大分交通耶馬渓線に寄ることになった。
ただ、私は九州の親戚の家に向かうことにしていたので、それには不参加。まあ大分交通にはそのうち行けばいいや、とのんびり構えていたのである。
しかし、その年、大分交通はあっけなく廃線、訪問は永遠に叶わぬものとなってしまった。
その大分交通耶馬渓線のキハ600形が、紀州鉄道に譲渡されたと知り、せめて車両だけでも乗りに行こうと思ってからでも、長い歳月が流れてしまった。まさに光陰矢のごとし、いや単に怠慢なだけか。
そして先日、ついにキハ600形自体が引退するとのニュースが飛び込んできた。鉄道雑誌のレイルマガジンでは、早速特集が組まれている。
しまった!これで鉄ちゃんが大挙して押しかけてしまう。いや、これも「そのうち、そのうち」と先延ばしにしてきた自分の後送り癖が招いたことなのだから、しかたない。とにかく行かなくちゃ。
ということで、今年(2009年)7月の週末、愛車プリウス(20型)を駆って御坊に向かったのであった。
車にしたのは、追っかけ目的ではない。鉄ちゃんとしては少々複雑な思いはするものの、車のほうが鉄道より早いだけでなく、高速料金の割引もあって、費用もはるかに安く済むからなのであった。
朝6時すぎに神戸の家を出て、途中のマクドナルドで朝マック(実は初めて)、阪和自動車道の紀ノ川SAでの休憩を入れても、8時半ごろには御坊に到着。実質2時間ほどの行程で、やはり早い。
駅前のコインパーキングに車を停め、駅へ歩き出すと、だんだん息苦しくなってきた。
ああ、やっとキハ600形に乗れる。でも、キテツ1だったらどうしよう、鉄ちゃんで満員だったらどうしよう、と期待と不安が交錯して、自分でも不思議なくらい緊張に煽られていたのである。
ところが、ホームには覚悟していた鉄ちゃんどころか、一般のお客さんの姿すらなく、いささか拍子抜け。
しばらくして、遠くで踏切の音が鳴り、やがて見えてきたのは、紛うかたなきキハ600形の603。
ゆっくりゆっくり入線し、数人のお客さんを下ろしたところで、いよいよ乗車。大袈裟だが、35年来の本懐を遂げた瞬間であった。
キハ603は、昭和35年生まれ。そう聞くと、年代によって受け方が違うだろうが、個人的にはそれほど古めかしいという感覚はない。
でも、車内に入ると、あまり手を加えられなかったこともあってか、天井の白熱灯と板張りの床に整然と並んだボックスシートが、年代以上に古さを感じさせる。
そんなボックスシートに腰掛けると、なんとも言えないなつかしさに包まれるのであった。
下り11列車は、発車間際に乗り込んできた一般のお客さん数人と、上りからそのまま折り返す鉄ちゃん数人とを乗せて、8:59定刻に発車。
次の学問までの踏切付近で、近畿日本ツーリスト?のバスが停まり、大勢の鉄ちゃんがカメラを構えていた。何かツアーでも組まれていたのだろうか。
何しろ全線で2.7キロしかない小さなローカル私鉄である。途中の学問、紀伊御坊、市役所前と停車すると、約8分で終点西御坊に到着してしまう。おそらく鉄ちゃんなら誰しも、もう少し乗っていたい、という気持ちを抱くに違いない。
しばし西御坊で停車中のキハ603の写真を撮ってから、国道42号線を歩いて少し戻る。30〜50m後ろを中学生くらいの鉄ちゃんがついて来ていることに気づいたが、構わず路地を折れて、目をつけていた踏切へ。
と、その鉄ちゃんも路地を入ってきた。単に私の後をついてきたのか、何度も来ていて慣れているのか。
「ここで撮るの?」
「はい」
「もう何度も来ているの?」
「いえ、初めてです」
「中学生?」
「いえ、高校生です」
「そりゃすまん、どこから来たの?」
「京都です」
「ということはずいぶん早起きしたんじゃない?」
「はい」
「レイルマガジンを見たの?」
「はい」
「やっぱりレイルマガジンの影響は大きいね。高校では鉄研?」
「そうです」
「何かテーマを決めているのかい?」
「今年は叡山電鉄です」
「おお、地元の鉄道だね。そういえば叡山電鉄のツリカケ電車は、まだ走っているのかな?」
「去年(2008年)の11月になくなりました」
「え、そうだったのか、それは残念」
かように私が話しかけては彼が答えるだけの会話であったが、いかにもおとなしく、まじめそうな彼の印象は悪くない。もっとも、傍からはいい歳をしたオヤジが若い鉄ちゃんをいじっているとしか見えなかったことだろう。
こうして、しゃがんだ彼の肩越しから上り12列車を撮影。
「俺はここでもう1本撮るけど、どうする?」
「ここで撮ります」
「そうか」というなりゆきで、次の下り13列車を2人で待つ。
「次は何時だったかな、時刻表もってない?」と時刻表を入れたバッグを開くのももどかしく、彼に尋ねる。
「いえ、持っていません」
行き当たりばったりに撮っているのか、と少々驚いたが、カメラもコンパクトデジカメで、純粋な撮り鉄というわけではなさそうだ。
今度は彼とは少し離れ、何の木かわからないが、紫色の花を広角で無理やり入れて撮る。