再び高千穂鉄道を訪れたのは、3ヵ月後の10月。
今度は逆に南阿蘇鉄道の高森からバスで高千穂に入った。
逆回りが功を奏したのか、前回とは打って変わって雲ひとつない気持ちのいい天気である。雨男の汚名も文字どおり晴れようと言うもの。
ただ、日程に余裕がなく、朝、南阿蘇鉄道のトロッコ列車を撮って、その足で高千穂にやってきたので、もう昼近くになっていた。
次の高千穂発の列車は、12時38分があるのだが、これに乗ると、日之影温泉で下りの『トロッコ神楽1号』と交換することになる。事情は後で説明するが、それでは困るのである。
ということで、高千穂バスセンターから12時ちょうど発のバスで日之影に向かう。お客さんも運転手も、みな顔なじみで、世間話に花を咲かせている。そんなローカルバスの風情を30分ばかり楽しんで日之影温泉駅に到着。
実は、この駅の2階には温泉があって、それもホームを望む露天風呂があると知って、その露天風呂からトロッコ列車を撮ろうと思ったのである。だからバスを使ってでもトロッコ列車より先に駅に着きたかったのだ。
1階の受付で入湯料を払い、2階の浴場の様子を伺うと、やはり一旦浴場を横断して露天風呂に行かなくてはいけない。中には数人のお客がいて、服を着たまま入るのは失礼である。脱衣場で服を脱ぎ、タオルを腰に巻いてカメラを手に中に入る。おいおい、そのほうがよっぽど失礼、というより怪しくないか?
幸い、誰に咎められることなく、そそくさっと露天風呂に出る。ただ、露天風呂と言っても、バルコニーに小さな湯船を設けただけの狭いものであった。
列車を待つ間、裸でカメラを持ち、ぼんやりバルコニーに立っていると、いい中年男が何をしているのか情けなくなってくる。おまけにハラリと腰に巻いたタオルが解けたりして、慌てて拾いあげる。そんなこと、今時マンガでもないぞと思うとさらに落ち込む。こういう間は精神的にあまりよくない。
ずいぶん待ったような気がする。ようやく高千穂を12時38分に出た上り列車が到着。一方の下りの『トロッコ神楽1号』はかなり遅れてやってきた。結果的にバスではなく、列車で来ても間にあったような気もするが、まあそれはいい。
トロッコ列車は満員で、みなこちらを見上げている。いや、バルコニーには腰板があるので、裸とはわからないはず・・・たぶん。車内放送で、駅の2階に温泉があるとの説明を受けて見上げているに違いない・・・きっと。自信はないが、そう思っておくほうが身のためである。
そのトロッコ列車から、夫婦連れらしい2人が下車して、旦那がトロッコ列車をバックに奥さんの記念写真を撮っているのが見える。旦那は遠目に見ても、こちらと同じ臭い、つまり鉄ちゃんの臭いがする。
それにはかまわず、停車中の『トロッコ神楽1号』の写真を、バルコニーの端の高さ150センチくらいの仕切りにもたれて撮っていると、後ろに人の気配を感じる。びくっとして振り返ると、そこには先ほどの鉄ちゃんが・・・。
どういうことだ?と仕切り越しに隣を覗き込むと、そこは休憩所のバルコニーになっていて、湯上りの人が外の景色を眺めていたりしている。
や、やられた!何も裸になる必要などなかったのだ。
『裸の鉄ちゃん』と『着衣の鉄ちゃん』、どうあがいても勝負は見えている。
もう30年以上前の中学時代、上野の西洋美術館のゴヤ展で『裸のマハ』と『着衣のマハ』を見たときの感動は今でも忘れていない。特に『裸のマハ』のなまめかしさは衝撃的ですらあった。
しかし、『裸の鉄ちゃん』では、ただの恥さらしでしかない。
撮影を終えるなり、脱衣場のロッカーにカメラをしまい、何事もなかったかのように湯船に浸かって先客と世間話に興じる。
「ほお、わざわざ神戸からこの温泉に来られたんですか。なかなかの通ですね」
「いやいや、それほどでも」(本当はトロッコ列車の写真を撮りに来たんだけどね)