和泉多摩川から新宿に戻るが、実はこれで終わりではない。
メインイベント、ロマンスカー展望車での旅が待っているのだ。
話を一旦、2週間ほど戻して、2001年9月末日の土曜日のこと。
東京出張は早くから決まっていたのだが、そのついでに小田急に行くか、ずっと迷っていた。意を決して、いつも利用している神戸駅の日本旅行を訪ねたのがこの日、それも閉店間際の昼前であった。
入ってみると、パンフレットが束ねられて山積みになっていたり、机や椅子を運び出す準備をしていたり、どうも落ち着かない。さては閉店後に大掃除だな、なんて能天気なことを考えていたら、翌週から同じ神戸駅構内のTis(旅行センター)の営業所に統合するとのこと。そうだった、10月1日で日本旅行はTisと合併するんだった。余談だがその後の近畿日本ツーリストとの合併は破談になってしまった。
それまでの日本旅行は、駅内支店と言っても、Tisに比べるとお世辞にも立地に恵まれているとは言いがたかった。ただ、前にどこかで書いたが、どうも私はTisには苦手意識があって、いつも日本旅行を利用していたのだ。馴染みの店員さんも、
「こんな場所でも、お客さんに来ていただけたのですから・・・」と暗にほのめかす。
そんな日本旅行神戸駅内支店での最後の注文がロマンスカーの指定券1枚だけ、それも先頭座席限定というのも気が引ける。神戸で小田急のロマンスカーを予約する人も少ないのだろう、係りの人も慣れない手つきで機械を操作している。ようやくカウンターに1枚のチケットが差し出された。
「展望車と指定したら、この切符が出てきたので、多分まちがいないと思いますが」と少々自信なさげである。見ると、座席番号101と印字されている。
「これで間違いありません」
こうして手に入れた『はこね25号』の特急券を持って、新宿駅地上ホームに立ったのであった。
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ロマンスカーのチケット
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ロマンスカーは、7000系には乗ったことがあるので、できれば10000系が来て欲しいという思いどおり、しずしずと10000系が入線してきた。
早速乗車したいところだが、折返し運転のため、車内清掃の間、ホームでしばらく待ちぼうけである。でも、さすがロマンスカーのホームは観光客が多く、華やいだムードのおかげで、舞台のオープニングをわくわくしながら待っているような心境になる。
みんな同じ気持ちなのだろう、これからの旅への思いを馳せるように、あれこれと車内をのぞきこんだりしている。その中で展望車をのぞきこんだ老人が、
「おや、ロマンスカーは無人運転だったのか」と素っ頓狂な声をあげると同時に2階の運転席に気づき、
「ああ、運転席は2階か」と照れ笑いを浮かべている。
そんな姿は微笑ましくもあり、小田急ファンとして、「どうです、すごいでしょ」と改めて自慢したい気分でもあった。
整備も終わって、いよいよ展望車に入る。いざ先頭座席101に座ってみると、ひとりっきりというのは今さらながら少々気恥ずかしい。
隣はだれか来るのかな、と思っていたら、子供連れの3人家族がやってきた。隣席と後ろの席を予約していたようだ。お母さんの膝に乗った幼稚園児くらいの子供の手には、しっかりと10000系と30000系ロマンスカーのミニチュアが握られている。
う〜む、どう考えても私は、水入らずの家族旅行に文字どおり水をさす、無粋なお邪魔虫である。だけど、せっかくの先頭座席だし・・・揺れる鉄ちゃん心。結局、生まれ故郷の和泉多摩川を過ぎたあたりで、お母さんに声をかける。
「せっかくだから、席を代わりましょうか」
「いえいえ、前に座りたがるのはこの子だけですから」
そう、私も子供並み、いや、それはいいとして、お母さんのお言葉に甘えてそのまま座り続ける。
「あ、エクセだ」30000系とすれ違うたび、その子が叫ぶ。実はそれまで「EXE」は「エクゼ」と読むと思いこんでいた(パソコンのしすぎ?)が、考えてみればExcellent Expressのことだから、もちろん「エクセ」が正しい。ただ、エクセというと、どうも「絵癖」に聞こえて、「手癖」に通じてしまい、語呂が悪いように思えるのは、考えすぎか。だいだい30000系のデザインは今ひとつだし・・・小田急ファンを自称しながら、なんだか言いがかりばかり。
でも、その子は、相変わらず、「エクセ、エクセ」と無邪気に叫び、30000系が大のお気に入りの様子。そんな姿を見て、何となくほっとする。どうやらこちらのほうが、歳をとって、変に分別くさくなっているようだ。
小田原から、有名な箱根登山鉄道との3線区間に入る。お父さんが子供に「ほら、レールが3本になったよ」と教えている。でも、その子はそんなことより、各駅で交換する電車が気になるようで、ずっと正面を見据えていた。
新宿から約1時間20分、終点の箱根湯本に到着。こうして、久しぶりのロマンスカーの旅を終えたのであった。
箱根湯本を少しぶらぶらして、急行で小田原に戻る。後は新幹線で神戸に帰るだけだ。新幹線の時間まで少し間があったので、小田急のホームで行き来する電車をながめる。
しばらくすると、小田原折り返しの普通電車がやってきた。それも大好きな2600系だ。
写真に収めようと、カメラを構えると、ファインダーが涙でにじむ、というのは大げさにしても、廃車が近いと言われる2600系、これが最後かも知れない、そう思うと万感迫るものがある。
あれこれアングルを変えて写真を撮っても、心は落ち着かない。どうしよう、この2600系に乗ってしまおうか・・・我ながら何を取り乱していることやら。
いや、夕方には会社に帰ると連絡していたのだから乗車している時間はない、と冷静さを取り戻し、ホームで発車だけ見送ることにする。
フォーン、2600系は独特の発進音と、名残惜しい気持ちを置き去りに、走り去っていった。
<完>【2001年11月〜2002年3月記】
(参考文献)
・鉄道ピクトリアル 1999年12月臨時増刊号
・小田急物語 生方良雄著 多摩川新聞社