その1 粟生線の橋梁 地図(Google Map)を表示
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■ C地点「垂井避溢橋」
万勝寺川橋がらすぐ先の垂井避溢橋も、一見して大きさの異なるガーダーが、2つ連なっている。
垂井避溢橋。こちらは大雨のときに雨水を逃すための橋だから、もともと川はない。
右側(市場側)のガーダーに銘板は見当たらないが、左側(小野側)には汽車製造(現・川崎重工業)の銘板がしっかり残っていた。
ここも銘板が撮りづらい場所にあって、望遠で斜めからとならざるをえず、写真からは読み取りにくいが、次のように書かれている。もちろん日本語表記は右から読む。
KISHA SEIZO KWAISHA
・OSAKA・1915・
社會式株造製車汽
・阪 大・
・造製年四正大・
下から垂井避溢橋をのぞくと、左側の汽車製造製ガーダーの補強材が直線なのに対して、右側は両端がJの字にカールしている。(写真の赤丸参照)
確かカールした補強材は、さらに古い年代のガーダー橋の特徴だと、どこかで読んだ。とはいえ、それだけではメーカーを特定できそうもない。
足下では、彼岸花が満開を迎えていた。せっかくだからここで撮り鉄をしていこうと列車を待つ。
ふと、背中に異物感が。小枝のようなものが背中に入ったようだ。シャツの後ろをはだけて、バタバタとはたいてみるが、何も落ちてこない。もしやといやな予感がして、アンダーウエアごと上着を脱いでみると、やはり大きなカマキリであった。
その瞬間、はたいたりして痛めてしまったのではないかと気づかったのは、さすがであるが、何を好んでオヤジ臭しかしない背中に入り込んだのか。もしかして、オヤジ臭は、虫の臭い?
で、そういう時に限って、農家の軽トラがやってくる。ただ、農家の人も、上半身裸の中年男に興味があるはずはなく、それより、ややこしい人間と目を合わせまいとばかり、こちらを一顧だにせず、通り過ぎたのであった。
とにかく、カマキリをのけて、上着を着なおし、改めて列車を待つ。
列車がくる直前、「えっ?」肩越しに何か気配を感じる。まさかと、首をぐいっとひねってみると、さきほどのカマキリが、ちょこんと肩の上に乗っているではないか。
「好いてくれるのは嬉しいが、所詮結ばれないさだめなのだよ」とカマキリに言い聞かせ、今度は少し離れた草むらに放し、急いで戻って撮影。
すり寄ってくれるのが、カマキリじゃなくて若い女の子だったらいいのに、なんてバカなことを考えながら撮影したものだから、なんとも冴えない出来だ。