更新履歴


2008.11.23
今日でちょうどホームページ開設10周年。
いささかおざなりの感はあるが、10周年を記念してよもやま話中央線の思い出を追加した。
中央線はあと数回、続けるつもり。そのほかリンクのページなど、いろいろ手を入れなくてはいけない。
それにしても10年、よくも続いた(というほど最近は更新もしていないが)ものだ。その間、いろいろとあったが、次の10年はさて如何。



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2008.11.3
ローカル私鉄紀行養老鉄道を追加した。
また、同時に三岐鉄道 北勢線も訪れ、そのときの様子を加えた。

以前の更新履歴にも書いたとおり、養老鉄道へは5月に行ったのだが、半年も空いてしまった。
更新自体が2ヶ月ぶりだし、相変わらずのペース。
ホームページ開設10周年も近いので、今月はもう1回更新したいところなんだけど、果たせるか・・・。



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2008.8.30
ローカル私鉄紀行小湊鐵道(後編)を追加した。

前編から後編まで、こんなに間が空いてしまうとは。
いつの間にか北京オリンピックも終わってしまった。
8月末にアップするなんて、なんだか夏休みの宿題をぎりぎり仕上げた気分。



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2008.6.21
ローカル私鉄紀行小湊鐵道(前編)を追加した。

3週間空いてしまったが、予告どおり小湊鐵道を取り上げた。
長くなってしまったので、まずは前編ということで。

実は原稿自体は先週できあがっていたのだが、あの岩手・宮城内陸地震が起きて、アップする気も失せてしまったのが正直なところ。
その地震で、鉄道博物館学芸員の岸さんも犠牲になってしまった。
改めて亡くなられた方々のご冥福を祈りたい。



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2008.5.31
ローカル私鉄紀行いすみ鉄道を追加した。

珍しく2週間で更新。
この調子で、いすみ鉄道と合わせて寄った小湊鐵道のことも、なるべく早くアップしたい。
実はここ数ヶ月、急に鉄ちゃん魂に火が付いて、これ以外にも、天竜浜名湖鉄道、遠州鉄道、銚子電鉄、養老鉄道などへも出かけている。
更新ネタは目白押し。あとは自分のやる気次第・・・。



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2008.5.17
ローカル私鉄紀行水島臨海鉄道を追加した。

また3ヶ月以上、更新をさぼってしまった。
今回の水島臨海鉄道は、2003年と今年1月に訪れたときのもの。
そのなかでも、今年1月の訪問時は雪景色だったのだが、うかうかしているうちに季節は初夏。まさに新緑がまぶしい。



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2008.2.9
ローカル私鉄紀行三岐鉄道北勢線を追加した。

本文にも書いたとおり2003年4月に近鉄から三岐鉄道に譲渡された北勢線。
取材時と昨年ゴールデンウィークに訪ねたときのことをまとめてみた。
近代化されたとはいえ、やっぱりナローはいいものだ。

今日は雪が1日中降っている。外は真っ白。さきほどよんどころない事情で車を出したが、もう冷や冷やものだった。
今年はなぜか雪が多い。



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2008.1.13
ローカル私鉄紀行上信電鉄<再訪編>を追加した。

どこまで律儀にするかと少し迷ったのだが、やはり喪中ということで、表紙の年賀の挨拶は控えて、「寒中見舞い」とさせてもらった。
とはいえ、年が明けてもう2週間経ってしまったが・・・。

ところで前回アップした上信電鉄の路線図で、誤り(吉井駅と西吉井駅が逆)があったので修正した。



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2007.12.23
ローカル私鉄紀行上信電鉄を追加した。

前回更新したときは夏の盛りだったのに、今はもう冬。相変わらずのペースである。
このシリーズは『ローカル私鉄なるほど雑学』に因んでスタートしたのであるが、あろうことか出版社の山海堂が倒産してしまった。
素人が本を出すなんて夢みたいな話であったが、こんな形で終止符が打たれるとはそれこそ悪い夢である。
これまで出した本も、いずれ書店から消えてしまうんだろうなあ・・・。



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2007.8.5
ローカル私鉄紀行くりはら田園鉄道<再訪編>を追加した。

本文にも書いたが、廃止された今になってという思いを抱きながらもアップした。
さらに余談に3編を追加した。
いずれも、おセンチな内容であるが、実はこういう文章は得意の分野だったりする。
だから、原稿は早くに書いていたのだが、さすがにアップするのはどうかとためらううち、時間が流れてしまった。



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2007.3.4
ローカル私鉄紀行鹿島鉄道 エピローグを追加した。

ついに廃止まで1ヶ月を切ってしまった鹿島鉄道。
思い入れの深い鉄道だったこともあり、今回は主な写真を大きめなものにした。
その深さ故か、いろいろな思いが交錯して、言葉がうまくまとまらない。
30年前の高校時代に訪れた思い出を書こうか、最後になっても存続運動が続いていることを書こうか・・・。

そうして、ひとつ思い出したことがある。
1月に訪れたときに出会った、鹿島鉄道とほぼ同い年だという地元の老人が最後にこぼした言葉、「さみしいよね」
やはり、その言葉しかないか・・・。



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2007.2.4
ローカル私鉄紀行くりはら田園鉄道を追加した。

加古川刑務所の引込線跡はちょっとお休みして、今回はローカル私鉄のお話。
原稿は昨年末にだいたい書き上げていたのだが、急に加古川の件が入ったため、しばらくお蔵入りしていたもの。
ただ、うかうかしていると、くりはら田園鉄道自体が廃線跡になりかねないので、とにかくアップすることにした。



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2007.1.15
夢の跡綴り再び 加古川刑務所専用線跡を更新した。

2週続けて加古川刑務所を訪れ、それに合わせての更新。
今回も写真を200枚以上撮ったが、それでも前回の更新履歴に書いたとおり満足感は得られない。
鉄道の廃線でも同じことを思うのであるが・・・。



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2007.1.8
夢の跡綴り再び 加古川刑務所専用線跡を追加した。

思いもよらない加古川刑務所専用線跡の再訪であった。
それも今度は刑務所内の旧陸軍の建物も見ることができ、興奮したまま本当に珍しく訪問した翌日にアップ。
ただ、これらの建物は今月中に取り壊される運命で、どんなに写真を撮ろうとも、二度と実物を見ることはできなくなると思うとやるせない。
保存運動も起きたが、叶わなかったそうだ。

本文にも書いたが、つづきは資料が整理でき次第、改めて更新することとしたい。



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2007.1.1
ローカル私鉄紀行福井鉄道を更新した。

あけましておめでとうございます。
と、ちょっと下に昨年の年賀の挨拶が書いてあるような・・・。なんとも昨年はたったの4回しか更新していない。
だいたい福井鉄道の雪景色編にしても、もう1年前のことだ。
いかん、今年は気合を入れなおそう。



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2006.9.18
ローカル私鉄紀行福井鉄道を追加した。

前回、福井鉄道と予告したおかげで、意外と早く(と言っても3週間ぶりだが)更新できた。
ただ、取材したのはもはや3年前のことで、紹介した旧型車がほとんど廃車になるなど、すっかり状況が変わってしまった。
う〜む、月日の経つのは早いものである。
などと感慨にふけっている場合じゃない。実は今年になってから2回ほど福井鉄道に行き、旧名鉄の車両も見てきたのである。
次回はそのときの様子をアップしよう。

えっ?次回は3年後かって?
いやいや、何とか年内には・・・(遅い!)


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2006.8.27
ローカル私鉄紀行大井川鐵道 井川線<乗車編>を更新した。

またまた長期休業してしまった。
このところ2〜3ヶ月更新を続けたと思ったら、その倍以上停滞してしまう。いやはや面目ない。
中途半端のまま放置していた大井川鐡道はなんとか完結。
次は福井鉄道、と宣言すれば、少しは更新のプレッシャーになるか?


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2006.1.9
ローカル私鉄紀行大井川鐵道 井川線<乗車編>を追加した。

乗車編と称したものの、アプトいちしろ〜長島ダムの1駅分しかアップできていない。
取り急ぎ「謹賀新年」の看板を下ろすための更新ということで。


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2006.1.6
ローカル私鉄紀行大井川鐵道 井川線を追加した。

遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。
もう正月休みも終わってしまって、やっと更新。
時間がかかったのは撮影場所の地図作成に手間取ってしまったからだが、苦労した割りに出来は今ひとつ。
相変わらずの更新ペースだけど、今年もよろしく。


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2005.12.4
ローカル私鉄紀行箱根登山鉄道を追加した。

本文にも書いたが、今回は取材時の記録ではなく、ごく最近訪れたときのものだ。
それでも、うかうかしているうちに紅葉の季節は終わり、12月に入ってしまった。
特に今日は冷え込みが厳しく、時折みぞれ混じりの雨も降って、すっかり真冬の様相である。

ところで、アクセスカウンターが100,000を超えた。
もっとも、『表紙に戻る』ボタンでもカウントされてしまうので、かなり割り引いて考えなくてはいけない。
それでも、どなたかに読んでいただいている、それが励みになってここまで続けられたと思う。心から感謝したい。


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2005.10.30
ローカル私鉄紀行岳南鉄道を追加した。
また、久しぶりに余談のページに、先日の部分月食を追加した。

表紙でも宣伝しているように、4冊目となる『全国フシギ乗り物ツアー』を出版した。
先日、出張で東京駅にある鉄分の濃い書店の栄松堂をのぞいてみたら、2列に平積みされていて、感激。これで、完売したと言われたら、もっと嬉しいんだけど・・・。
というわけで、改めてお買い求めのほど、よろしく。


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2005.10.9
ローカル私鉄紀行長野電鉄を追加した。

いやあ、さぼりもさぼったり、約7ヶ月ぶりの更新だ。
言い訳すると、公私ともどもいろいろありすぎて・・・。
ローカル私鉄を取材してからもう2年になり、もはや「思い出話」の域であるが、せっかくなので、しばらく続けようと思っている。悪しからず。


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2005.3.21
ローカル私鉄紀行総武流山電鉄を追加した。

2週間に1回更新のつもりが、少しずつ間隔が開きだして3週間ピッチになっている。
この調子では、行ったことのあるローカル私鉄だけでも全部紹介できるのはいつになることやら・・・。

そうそう、家の唯一のテレビが壊れたので今日、買い換えた。もちろんプラズマか液晶の大画面テレビだろうって?
いやいや液晶にしたものの、20インチの普通のもの。何といってもこれまで14インチのブラウン管だったんだから、20インチでも充分大型。
そりゃ32インチだ、40インチだって買いたいのはやまやまだけど、テレビに何十万も突っ込むのはやっぱりもったいない。
そんなことを言うこと自体、時代遅れなのかな。


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2005.2.27
ローカル私鉄紀行鹿島鉄道を追加した。

先日、時刻表の3月号を買って、ぱらぱらとめくっていると、東京〜九州間の寝台特急が1本(はやぶさ・富士の併結)だけになっていて改めて愕然とする。
3月改正で『あさかぜ』『さくら』が廃止されるのはわかっていたけれど、こうして現実を目の当たりにするとさみしいというより、やるせない気持ちが強い。いよいよ風前の灯火か・・・。


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2005.2.6
ローカル私鉄紀行茨城交通を追加した。

今日は子供の通っている学校で体力測定のようなことをやってきたが、昨年より大きく記録が落ちてしまい、気持ちも落ち込んでしまった。
例えば立ち幅跳びは昨年は2.3mだったのに今年は1.8m、縄跳びの二重跳びはたった2回でひっかかり、記録1秒・・・。
まあ、このところ運動らしい運動をしていないから、ある程度覚悟はしていたんだけどね。


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2005.1.16
ローカル私鉄紀行津軽鉄道を更新した。

明日で阪神淡路大震災からちょうど10年になる。
当時、神戸市須磨区に住んでいたので、もちろん震災を忘れてはいないつもりであったが、テレビの特集番組をみて、様々な記憶が蘇る。
大きな揺れに飛び起きたものの、身動きできず柱にしがみつきながら、「ああ、死ぬかもしれないな」となぜか冷静に天井を見つめていた。
近くの商店街に出てみると、軒並み家がつぶれていて、ところどころで火事も起きていた。
家を失った人たちが、ふとんを頭からかぶり、うつろな目をして山手へ避難してゆく。
翌朝、空から黒い雨ならぬ黒い雪のようなものが、はらはらと降ってきた。長田の大火の灰である。
大事な家、大事な物、いやそれだけではない、生きながら焼け死んだ人たちのものかも知れない。
それが、ただ同じ黒い灰となって空を舞っている。その無情に目頭が熱くなる。
当時持っていた白い車に無数の黒い灰が滲みのように残ったが、なかなかそれを洗い流すことができなかった・・・。
そんな悲惨な光景を、思い出したくないという気持ちがどこかにあって、忘れかけていたのかも知れない。

結果的に、私の家族は全員無事で、家も借家(社宅)で物的な損害も少なく、恵まれていたほうだろう。
一方で家の借金だけ残った人たちがいる。
枕を並べて休んでいた夫婦の旦那さんに梁が落ちて即死、隣の奥さんは無傷という話も聞いた。
運不運と言ってしまえばそれまでであるが、同じ被災地にいても、受けた被害の落差に戸惑いさえ覚えたものである。
それは語弊はあるが忘れてしまえる人と決して忘れられない人の差で、10年経った今もずっと尾を引いている。

昨年の中越地震で、避難所の様子を見ると、10年前と同じ光景で言葉を失う。
やはり、これからいつ起きるともわからない災害への備え、あるいは救援に活かすために、震災の記憶は忘れずに次代に伝えていかなければならないだろう。


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2005.1.3
ローカル私鉄紀行津軽鉄道を追加した。

ようやくこれで正月を迎えられた。と思ったら、正月休みはもう1日しか残っていない。
ところで、ローカル私鉄紀行のトップページを変更してみたが、今ひとつである。気が向けば手直ししていきたい。


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2004.12.26
意表をついて?がんばれ路面電車函館市 交通局を追加した。

ローカル私鉄は1回お休みして、先日ちょっとだけ立ち寄った函館市電のことをアップした。
たった1時間しかなかったので、大した内容ではないけれど・・・。
今年もあと数日ばかり、これで今年の更新は最後になるだろう。
みなさん、どうぞよいお年を。


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2004.12.12
ローカル私鉄紀行嵯峨野観光鉄道を追加した。

もう12月も中旬、今年もあと半月ほどしか残っていない。
なかなか年末という実感がわかない理由のひとつに、暖かい日が続いていることもあるだろう。
まあ、今年は石油が高いので、ありがたいと言えばありがたいけど・・・。


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2004.11.23
ローカル私鉄紀行北条鉄道を追加した。

今日でちょうどホームページ開設6周年ということになる。
途中、数ヶ月更新が途絶えてしまったこともあるが、本当に我ながらよく続いていると思う。
で、6周年を記念してというほどでもないが、今回の北条鉄道ではGifアニメあり、音ありと少しだけ凝ってみた。
たまたまであるが、北条鉄道を訪れたのは去年の11月23日、ちょうど1年前のこと。
つい先日のように思えるがなんとも早いものだ。


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2004.11.14
ローカル私鉄紀行三木鉄道を追加した。

2週間毎の更新のペースがついに崩れて3週間空いてしまった。
実は先週、出張にひっかけて、週末から東北旅行に行っていたのである。
約30年ぶりに大館へも行き、小坂鉄道の腕木式信号機やタブレットを堪能して、充実した旅行であった。
ところが、神戸に帰ってニュースを見ると、その小坂鉄道で濃硫酸を積んだタンク列車が脱線したというではないか。
濃硫酸の漏出はなく、乗務員や沿線住民にもけが人がなかったのは何よりであるが、転覆した貨車のニュース画像に大きなショックを受けている。
小坂鉄道のことは、ローカル私鉄紀行の最新情報として載せようと思っていたのだが、しばらくお蔵入りとしておく。
脱線の原因究明と、沿線住民の理解を得て早期復旧することを祈るばかりだ。


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2004.10.23
ローカル私鉄紀行土佐くろしお鉄道を追加した。

先日の台風23号で大きな被害を受けた矢先に、今、テレビで新潟県で震度6強の地震との速報が流れた。
まだ第一報なので状況が分からないが、震度の大きさが心配だ。


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2004.10.10
ローカル私鉄紀行平成筑豊鉄道を追加した。

相変わらず何の仕事をしているのかと言われそうだけど、ある土地の戦前、戦後の様子を調べるため、先日、国土地理院に行ってきた。
戦前の航空写真などないだろうから、まずは古い地図をコピーしてもらい、戦後の様子を米軍の航空写真で確認しようと窓口に申し出ると、「戦時中に日本陸軍が撮影したものがありますよ」という。
「え、そんなものが!」ということで、早速閲覧させてもらう。
首都圏全域が思った以上に細かく撮影されていて、解像度は少し低いが、建物などはちゃんと判別できる。
撮影時期が1944〜45年と終戦間近であることにも驚く。どういう目的で陸軍は撮影したのだろう。もしかして本土決戦に備えてなのか・・・。
そんなことを考えているうち、そうだ、自分の育った場所を見てみようと、目的外の行動に移ってしまう。
家はずっと後に買ったものなので、畑の状態であったが、卒業した小学校はしっかり写っている。
小学校に入ったとき、どっしりとした古い木造校舎が残っていたが、写っているのはその校舎に間違いない。
自分が入学するずっと前の戦時中の小学校。どんな子供たちがいて、何を考え、どんなことをしていたのだろう。
戦争のことをどう感じていたのか、やっぱり強い兵隊さんになりたい、なんて思っていたのだろうか。
ついつい、そんな思いに耽ってしまう。
「あのォ、そろそろ受付終了時間なんですけど」職員の声に我に返る。
閲覧するだけだから、すぐに終わるはずとあまり時間をとっていなかったのだ。続きはまた別の機会にすることにして、国土地理院を後にする。
それより、既に航空写真はデジタル化されていて、パソコンで閲覧できるようになっている。そのままネットで公開してくれればいいのに、と思うが、無理かな。


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